2009年8月28日 (金)

甲子園の戦績からみる打力アップ

今年の夏の高校野球・甲子園大会が中京高校の優勝で幕を閉じた。

決勝戦のスコアは10対9で、打撃戦のスリリングなものとなった。

ところで、高校野球においては、打力の向上が著しいのではないか、と私は長いこと思ってきた。

そんなわけで、簡易的ですが調べてみました。

対象は今年の91回大会と21年前の70回大会です。

ちなみに、広島商が優勝した70回大会は記念大会となっていて、出場校数は今年と同じ49校でした。

調べたのは全得点です。91回大会は48試合あり、その全得点は435でした。70回大会も同じ試合数で、全得点は359でした。

ですから、一試合の平均得点は91回大会が9.1で、70回大会が7.5です。

この結果から、打力の向上を推し量ることができるのですが、十分ではありません。

ほんとうは、各大会の打率を計算して、その数値を比較したかったのですが、ちょっと大変そう。

その楽しみ(苦しみ?)は誰かに譲りたい。

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2009年8月18日 (火)

100メートル走におけるボルトと私の差とは

いま開催されている、世界陸上ベルリン大会の陸上男子100メートルの決勝で、ジャマイカのウサイン・ボルトが9.58秒の驚異的な記録で優勝した。

2位となったアメリカのタイソン・ゲイの記録は9.71秒で、これまた立派な記録であるが、ボルトの記録との差は0.13秒である。この差は大きい。

ゴール時の二人の距離の差はどの位あったのでしょうか。

写真で見ると、1.5m~2m位の差に見えた。

ネット情報によると、ボルトの最後の20mのラップタイムは1.66秒で、ゲイはそれより0.02~0.03秒遅かったらしい。

仮に、ゲイの最後の20mのラップタイムを1.69秒とすると、秒速で11.8mとなります。この秒速にタイム差の0.13秒を掛けると、1.5メートルとなります。

ということで、ゴール時のボルトとゲイの差は1.5mであったと、計算からも確認できました。

さて、もし私とボルトが一緒に走ると、どの位の距離の差が出るのでしょうか。

私の100メートル走のベストタイムは13.0秒です。もちろん、今は当然ながら、このタイムでは走れません。しかし、この記録でボルトと対抗します。 

私とボルトとのタイム差は3.42秒です。ですから、後半の私の秒速が分かれば距離の差が出るのです。

ボルトの100メートル走における平均秒速は10.4mで、後半の秒速は12.0mとなっています。率にして、15.3%アップしています。

ここで、恐れ多くも、これを私にも適用させていただきました。

平均秒速7.7mの私の後半のスピードは、秒速8.9mとなります。

よって、8.9×3.42≒30ということで、なんと30mとなります。ボルトがゴールした時点で、まだ私は70m地点を走っているのです。

この差って、いったいなに?

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2009年8月16日 (日)

久しぶりのボウリング

久しぶりにボウリングをやった。

もう何年も前にやったきりで、ほとんど初心者です。

自慢じゃないけど、ボウリングのスコアの付け方も知らない。ただ球を投げるだけのズボラなボウラーです。

でもだいじょうぶ。今は機械がスコアを付けてくれるので、誰でも投げるだけのボウラーなのです。

ボウリング場に行ったら、まず球を選ばなければならない。私はできるだけ、軽い球を選ぼうとした。しかし、軽い球は女性用として設定されているらしく、指をいれる穴が小さいのです。

しかたなく、ちょっと重めの10ポンドの球を選んだ。これでも、穴が小さめであったが、これ以上の重さの球は遠慮した。

レーンに設置されているモニターが、投げてくださいと催促している。

え、もう投げるの!、と思ったが、観念して投げることとした。

ところで、どんな感じで投げるのだったのかしら?

第一投の球は高く舞い上がり、ドスンとレーンに落ちて、ピンに向かって行った。そして数本のピンが倒れた。

球の落下音が大きかったので、あまり高く球を放り投げてはいけない、と反省した。

そして、投げるたびにいろいろと反省をし、ゲームは進んでいった。最終的なスコアは100点を少し超えただけだった。

ストライクも出た。スペアも取った。しかし、それ以上にガーターを出した。

3ゲームやったが、同じようなスコアであった。

でも、私は満足した。だいぶ前にやったときも、同じようなスコアであったから、進歩はもちろんしていないが、退歩もしてはいない。

気になったのは、左のお尻の筋肉が痛くなったことです。

前は、こんなこと無かったのに。

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2009年8月12日 (水)

高校野球のどこを応援するかということ

夏の全国高校野球・甲子園大会が始まったが、天候が悪く、スケジュールも遅れがちで今一歩盛り上がらない。

そんななか、千葉県代表の初出場の八千代東高校が健闘むなしく敗れ、甲子園を去った。

私は高校野球の熱心なファンというわけではないが、一応、応援するチームを作る。

今年の場合は、八千代東高、滋賀県代表の滋賀学園、そして静岡県代表の常葉橘高の3校が頭のなかにインプットされている。

応援するチームの選択基準は、私の場合、きわめて明快である。

静岡出身であるので、まず静岡県代表の高校が選ばれる。静岡を離れてだいぶ経つので、知らない高校も増えてきた。

静岡県代表の常葉橘高。

じつは、あまりよく知らない。

でも、知らなくってもいいのです。夏の甲子園大会は、言ってみれば、郷土愛のぶつかり合いみたいなところがあって、他の県には負けたくない、という思いで応援しているから、静岡代表というだけで、応援の対象になるのです。

千葉県代表の八千代東高については、千葉県に住む者としての、当然の応援対象校なのです。

さて、滋賀県代表の滋賀学園は身近な存在としての、応援対象校なのです。

私は、彼らの練習をチラッと見ている。

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梨パワーで勝て!なんてことを言っているが、滋賀学園の野球グランド場の近くで、梨を栽培していて、直売なんかもやっている。だから、梨パワーなのです。

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滋賀学園の野球グランド場に掲げられた横断幕。

祝甲子園出場、なんて書いてあるが、正確にいうと、祝甲子園初出場です。もう、なにがなんでも、頑張ってもらいたい。

初戦の相手は智弁和歌山高です。もう、この高校名を聞いただけで、ますます、滋賀学園の応援に力が入ってしまう、なんか変な私です。

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2009年8月 2日 (日)

夏の甲子園大会出場校についてのアレコレ

2009年・夏の全国高校野球大会の出場校が決まった。

出場校49校のうち、初出場が13校を占めた。なかなかフレッシュな大会になりそうだ、と思われるかもしれないが、そうとも言い切れない。

過去の夏の甲子園大会で優勝経験のある高校も、なんと13校を数える。

近畿地方の代表6校のうち、5校が全国優勝の経験があって、恐るべし、近畿の高校野球、といったところです。その近畿にあって、滋賀県代表の滋賀学園のみが初出場である。

私の住む、東近江市にある滋賀学園には頑張ってもらいたい。

とういのは、滋賀学園の野球部員が、よく練習をしていることを、この私は知っているのだ。

あるとき、古タイヤのついたヒモを腰に巻き、タイヤを引きずるようにして、ランニングをしているのを見た。このような練習を今でもするのか、と感心した。

ところで、今回の出場校に関する私の興味は、私立高校なのか、あるいは公立高校なのか、という、いっけんシンプルなものです。

出場校49校を全て調べました。そのうち私立高校は39校、公立高校は10校でした。

静岡を境に、東西に分けると、東日本では公立高校は1校のみ。西日本の9校のうち、中国・四国・九州地方に7校となっていて、近畿地方には公立高校の出場はありません。

甲子園大会への出場は、公立高校にとっては、なかなかハードルの高いものになっているのです。とくに都市部では。

そんななかで、公立高校にして、初出場の学校があります。千葉・八千代東、富山・南栃福野、徳島・徳島北、佐賀・伊万里農林の4校です。

このなかで、千葉の激戦地区を勝ち抜いた八千代東高校には、期待が大きいのです。なんてたって、千葉の予選8試合のうち、6試合が1点差での勝利ということで、粘り強いチーム。

甲子園の大会においても、この粘りがドラマを生む。なんてことを、期待しているのです。

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2008年8月24日 (日)

アスリート・高野進は跳ねていた

北京オリンピックが終わろうとしています。

男子400メートルリレーで日本チームが銅メダルを獲得という快挙が達成されました。

まことに喜ばしい限りです。

ところで、今回のオリンピックの陸上監督を務めているのが高野進です。

1992年のバルセロナオリンピック男子400メートル競走の決勝進出者にして、同種目の日本記録保持者という輝かしい実績を残したアスリートでした。

その彼の絶頂期の頃の練習を間近で見たことがあるのです。

場所は千葉県長柄町にある日本エアロビクスセンターで、付設する陸上トラックで高野は練習していました。

たまたま寄った日本エアロビクスセンターでしたが、陸上競技用グラウンドがあまりに綺麗なため、フィールドの中に入って休んでいました。

トラックでは何人かが練習していました。その中に高野がいたのです。

たぶんダッシュの練習をしていたのでしょう。私の目の前を走る高野はまるで馬のようで、躍動感に溢れるその走りは、跳ねているかのように見えました。

一流選手の走りの凄さに圧倒され、深い感銘を受けたことを今でも鮮明に覚えています。

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2008年3月29日 (土)

千葉経大付はヒョットして?

今回の春の全国高校野球大会に千葉県から2校が出場しました。残念ながら安房高校は敗退しましたが、なんと千葉経済大学付属高校は今日、あの常葉菊川に勝ち、ベスト8に進出しました。

千葉経大付は千葉市の自宅から、歩いてもすぐのところにある高校で、千葉県では野球に関しては、それなりに強かったのですが、甲子園に出場するほどではありませんでした。

それが、東京の野球で有名な桜美林高出身の監督を迎えるにいたり、俄然強くなったのです。同校野球部のHPに部員紹介があったので見てみると、千葉県出身の選手が大半を占め、チラホラと東京出身者が混じっている程度です。

なるほど、どこかの高校のように、見境も無く全国から選手を集めているわけではないようです。やっぱり、監督の力って、高校野球においては、チームが強くなるためには絶大なんですね~。

千葉経大付はヒョットして優勝?なんて淡い期待を抱かせるほどの、強さを見せつけた今日の試合ぶりでした。

ところで、千葉経大付のあるJR西千葉駅周辺は文教の地と呼ばれ、千葉大学をはじめ、千葉経済大学、千葉東高、千葉商高、そして有名予備校、専門学校などがあります。

もし、千葉経大付が優勝なんかしたら、文教の地どころか、高校野球の地として高らかに宣言することになるのでは。

そんなことないか・・・。

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2007年7月29日 (日)

高校野球は続きます

きのう、夏の全国高校野球大会の滋賀県代表の座を、近江高校が勝ち取りました。現在の滋賀県の高校野球の強いところといったら、大津の北大津高校、近江八幡の八幡商高、彦根の近江高校といったところ。

私の住む東近江市の滋賀学園はダークホース的な存在といったところでしょうか。かなり野球に力を入れているように思えます。

今回の大会前に、京都の高校が練習試合に来ていました。しかし、残念ながら準々決勝で敗れ、甲子園大会出場の夢は果たせませんでした。

今日(7月29日)、練習グランドの脇の道を通ると、練習しているのではありませんか。

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当然のことながら、3年生は大会で敗れた時点で引退ということですから、練習しているのは1・2年生ということになります。

もう次の大会を目指して練習が再開されたということです。ほんと、野球部員の根性たるやたいしたものですね。これだけ打ち込めるものがあるということが、羨ましく思えます。

ところで、滋賀学園って、室内練習場も備えているんですね。多分、滋賀学園の甲子園大会出場の日も、そんなに遠くはないのでは。

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2006年3月22日 (水)

イチロー語録

WBC(ワールドベースボールクラシック)が終わった。イチローが日本チームを引っ張り、世界一に導いた。この大会におけるイチローの言動は際立っていて、印象的であった。

そのイチローの発した言葉をまとめてみた。

2月21日

「今度のWBCで、戦った相手が“向こう30年は日本に手は出せないな”という感じで勝ちたいと思う。」

3月5日韓国戦後

「こんな感情は何とかしてなくさなければならない。各選手が努力して乗り越えなければならない課題。」 「今日、何回かチャンスがあったが、点を取らなければならないときに取れなかった。それがいけなかった。韓国の選手たちは逆に立派なプレーで点を取っていた。」「今日は本当に盛り上がっていた。自分が野球をしているということを感じた。本当にこのような気分は久しぶりだった。」

3月13日アメリカ戦後

「消化しづらいゲーム。後味は悪いし、明日ゲームがあったらつらい。」「アメリカラウンドの最初の打席が、そうなった(本塁打)ということは、僕の新しい自信にもなりましたし、これだけのプレッシャーの中で、思い切りバットが振れたということが、大きなことだった。」

3月15日メキシコ戦後

「チームをまとめていくような行為というのは、必要ない。もうそれはだいぶ前の話。こういう状況になったら、みんなまとまってます。」「(韓国に対して)日本では、受けて立ったというスタンスがあった。今回、僕らは向かっていきますよ。挑戦者です。」 

3月16日韓国戦後

「僕の野球人生の中で、もっとも屈辱的な日です。」

3月19日韓国戦後

「勝つべくチームが勝たなくてはいけないと思いますし、(決勝へは)僕らが行くのが当然だと思っていましたから……。この前は、本当にしゃくに触りましたから。野球は“けんか”ではないですけど、そんな気持ちでしたね。」
 
3月21日キューバ戦後

「素晴らしい仲間と野球ができて本当にうれしい。ものすごいプレッシャーだった。このチームでメジャーで戦いたいくらい。子どものように純真にプレーしたし、プロとしての責任も果たした」「野球をやって、強くなれたのがうれしい。本当にものすごいプレッシャーでした。でもこんな形で終わるとは思わなかった。野球人生最高の日です。」「オリンピックと違って、このWBCが本当の世界一を決める大会だし、僕は、だからこそ参加したわけですけど、まあ結果として、チャンピオンになった。これは、僕の野球人生にとって、最も大きな一日と言っていいと思います。ただ、優勝した瞬間というのは、1カ月ということでしたけど、素晴らしい仲間とプレーできて、素晴らしいチームになって、このチームと今日で別れなくてはいけない寂しさ、喜びと同時に沸いてきました。」

「これだけチームメートと同じ気持ちで一つの目標に進んだことはない。かなうなら、一シーズン、メジャーでこのチームで戦ってみたい。」「人生最大の屈辱を味わって、最低の酒を飲んで、でも最後には最高のお酒が飲めて。こんな経験をさせて頂いたことに感謝しています。」

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