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2012年1月29日 (日)

カズオ・イシグロのノクターンズ

今、私は、こういう本を読んでいる。

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カズオ・イシグロのノクターンズです。

翻訳本も出版されているが、英語の原書で読むことがミソです。この作品自体は2009年に書かれているので、それほど新しい本という訳でもないのですが、こういった文学作品を読みなさい、と薦める人がいますので。

というのは、東大の先生が書かれた英文法の本を読んでいたら、より高度な英語を駆使するためにも、英文法の知識が必要であるとともに、現代の文学作品を読むことが望ましい、なんてことを仰っているもんですから、ついつい、その気になって、この本を買ってしまいました。

その東大の先生は、自身の別の著作のなかで、英語にも得手、不得手の人がいて、ただ、それだけの問題なのです、ということも仰っている。

どちらかというと、英語の不得手な私としましては、そんなことを言われても、納得することはできない。不得手には不得手なりの意地というものがありますから。

それで、このノクターンズなのです。

まあ、とにかく分からない英単語だらけで、困っちゃう、という感じですが、でも大丈夫。

今はインンターネットの時代で、ネット上で英単語の意味を調べることが簡単にできるのです。

私が頻繁に利用するのは「英辞郎」ですが、それで分からないときはグーグルでの検索、さらに、海外の辞書サイトでチェックします。

発音は、自分のパソコンに入っている英語辞書「コビルド」の音声で確認します。

これで英単語については、ほぼ完ぺきです、なんてことは口が裂けても言えない。なにせ、英語が不得手ですから。

さて、内容の理解度は、おそらく、ヒイキ目にみて70~80%位であろうか。その程度の理解度ではありますが、カズオ・イシグロは、なんかイイナ、と思えてきた。

まだ本全体の35%位しか読み進めていないけれど、共感できるものがある。

全部を読み終えた際には、その「なんかイイナ」について書きたいと思っているけれど、そこに至るには、まだまだ多くの時間を必要とします。

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2012年1月21日 (土)

ギョウザ丼を作ってみた

たぶん、このような丼物は飲食店では見かけない。

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見ての通りのギョウザ丼です。

冷蔵庫に、冷凍ギョウザと卵とタマネギしかなかったので、作ってみました。というのは、ほんの冗談で、じつは昨日からカツ丼のことが気になっていたのだけれど、朝から雨で、外に出るのが億劫になり、トンカツを手に入れてカツ丼を作ろう、という目論みを、いとも簡単にギョウザ丼を作ることに変更したのです。

見栄えは悪いけれど味はそれなりで、ちゃんと食べれます。

でも、ギョウザ丼のあるべき姿として、卵でとじるのがよかったのか、あるいは、他の調理方法があったのか、検討の余地は十分にあるのです。

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2012年1月15日 (日)

近江日野産 鹿カレー

3年前の、ちょうど今頃、私は滋賀県東近江地域振興局が、農作物の被害を防ぐために捕獲した鹿の肉を調理する、いわゆるジビエ料理の普及に力をいれている、というブログ記事を書いた。

とうとう、その成果が表れたようだ。

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ノボリには、「日野天然鹿。近江日野産 鹿カレー。」、と印刷されている。

カレーハウスCoCo壱番屋・東近江市春日町店の店舗オリジナルメニューとして、鹿カレーが販売されているのです。

CoCo壱番屋さんには、鹿肉の調理の難しさを乗りこえて、販売に至ったその努力に敬意を表し、ここに鹿カレーのPRのための記事を書かせていただきました。

では、私の作ったスローガンを言わせていただきます。

「鹿カレーを食べて、鹿による農作物の被害を防ごう。」

なぜ、そうなるのかは、2009年1月25日に書いた私のブログ記事を読んでいただければ、幸いです。

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2012年1月 8日 (日)

ルイ・ヴィトン誕生のシーン

多くの女性を魅了してやまないブランド、ルイ・ヴィトン。

Louisvuittonlogo_2

このロゴこそが、価値の源泉と言っても過言ではない。

山田登世子著作の「ブランドの条件」のなかに、ルイ・ヴィトン誕生の起源にかかわる記述がある。今や、伝説となった、ルイ・ヴィトン誕生のシーンなのです。

(フランス)第二帝政は宮廷の祝宴がはなはだ多い時代だった。祝宴のたびに豪華なドレスが会場の城に運ばれた。この時代は木箱業者が大繁盛した時代だったのである。伝説は語る。

「皇后は、かれら荷造り業者の上得意の一人だった。皇后は自分の衣装の荷造りをさせるのに、パリで最も盛名たかいマレシャルの店を指名した。」

マレシャルは光栄に胸を高鳴らせ、店でいちばんの荷造り職人ルイ・ヴィトンを従えてエリゼ宮の召喚に参じた。

(さらに伝説は語る。)

「見習い職人のヴィトンは、細心の注意を払って巨大な衣装箪笥の梱包をした。手が震えそうになるのをこらえた。(・・・・)若き后妃の見守るなか、ルイはウジェニー后妃がいちばんお気に入りの、薔薇色とパール・グレイと薄紫色のドレスをうやうやしく折りたたんだ。ルイ・ヴィトンの細心さ、器用さ、手早さはいたく后妃のお気にめした。確かにルイは愛くるしい若者というわけではなかったが、にもかかわらず、ある朝、后妃は、以後、自分の衣装の梱包にたずさわるのはルイ・ヴィトンただ一人にしたいと仰せられたのである。」

以上が、宮廷御用商人、木箱製造業兼荷造り業者ルイ・ヴィトンの誕生シーンである。ウジェニー皇后が決心をしたその朝、未来のトランク商ルイ・ヴィトンの繁栄の礎が築かれたのだ。

伝説の真偽のほどは分からないが、この記述を読んで、私は、あるシーンを思い出した。

それは、近くのクリーニング屋さん行った時のことです。このクリーニング屋さんは関西において店舗展開をしていて、新規開店のためクリーニング料金が割引かれていた。それで、衣装ケースから冬物の衣類4点を引っぱり出して、クリーニング屋さんに持って行ったのです。

女性店員が一点一点衣類をチェックしたのですが、なんと、チェックした後、先ほどのルイ・ヴィトンではないけれど、手早くキレイに折りたたんだのです。

どうせ洗濯するのだから、そこまでしなくても、いいのではないかと思ったが、悪い気はしなかった。反対に、ぞんざいな扱いをされたら、気分を悪くしたかもしれない。

それで、今後、自分の衣類のクリーニングは、このクリーニング屋さんにしたい、なんてことは思わなかったけれど、なかには、そう思う人がいるかもしれない。

ルイ・ヴィトンの伝説は、人にかかわる仕事での、成功のヒントを教えてくれる。

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