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2009年4月29日 (水)

2人に1人の割合でガンになる?

いまや、2人に1人の割合でガンになる、とNHKニュースで言っていた。

ウソ?!と最初は思ったが、よく考えたら、そうかもと思うようになった。

というのは、日本での一年間の死亡数は、大まかにいって100万人です。そのうち、ガンでの死亡数は30万人を超えています。およそ3人に1人はガンで亡くなるのです。

ですから、ガンになっても治る人も多くいることを考えると、ニュースで言っていた、2人に1人の割合でガンになるということも、あながち大げさな数値ではないのかも。

ということで、突然ですが、NHK大河ドラマ「天地人」に出てくる戦国武将の死因は何であったのかを、ネットでチェックしてみました。

巷には、歴史上の人物の死因を解明する書なるものが、多くあります。そして、死因に関しては諸説いろいろあるので、それをイチイチ読んでいては、あまりに時間が掛かりすぎるのです。

私の興味は、ガンで亡くなったのかどうかにあります。

それで、ネットでの死因チェックの結果は以下のようになります。

徳川家康:天ぷらによる中毒。あるいは胃ガン、梅毒。

豊臣秀吉:脳梅毒(有名な説らしい)。

上杉謙信:脳溢血。

武田信玄:肺結核あるいは肺炎。胃ガンあるいは食道ガン。

直江兼続:胃ガン。

さて、これらのことから分かるように、戦国武将も、やはりガンで亡くなった可能性が高いということでしょうか。でも、昔のことですから、本当のところは分からないのですが。

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2009年4月28日 (火)

アイデアが降臨する方法

図書館で日経ベンチャーという経済雑誌を読んだ。

私はこういう雑誌を読む場合、そのもって生まれた性格ゆえ、批判的になりがちです。

しかし、なにか良いことが書いてないかと、雑誌のアチコチを探す。

そしたら、ありました。

アイデアを生み出す方法を書いた本の紹介がされていた。

著者いわく、「『書き始める』ことこそ、アイデアが降臨する最も近道」。

例として、夏目漱石、あるいは村上春樹があげられていて、彼らはインスピレーションが湧くのを待って書き始めるのではないという。

日々、決まった時間に机に向い、書き始める。漱石にいたっては、書く分量も決まっていたらしい。

なるほど、勉強になります。とにかく書き始めて、書き進めていくうちにインスピレーションが湧いてくるということを、オッシャリタイのですね。

私も、ブログ記事を書くにあたっての心構えにしたいと、考えています。

とにかく書き始める。インスピレーションが湧いてこなかったら、あきらめる。

あれ?!そんなこと、言ってないか。

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2009年4月27日 (月)

静かなる値上げ

髪が少し伸びたので、いつもの理容店に行った。

そしたら、途中から気が付いたのだが、散髪の手順の一部が、今までとは違っていた。私はこういうことには目ざといのだ。

三つの作業が省かれていた。

一つ目は、鼻毛切り。まあ、これについては、ヨシとしよう。切ってもらった鼻毛の一部が、鼻の奥に入るのではないかと、いつも気になっていたから。

二つ目は、髭剃り後の蒸しタオルでの顔拭き。髭剃りが終わり、顔を拭いてくれると思っていたら、いきなり洗髪台の方に行ってくれと言われた。

なるほど、洗髪台のところで顔を洗えば良いということなのだ。それは、理解できる。しかし、髭剃り後の蒸しタオルの、あの感触が好きなのよ。言うまでもなく、私は入念に顔を洗った。

三つ目は、洗髪後の器具による髪の乾かし。以前は、大きなお椀みたいものを頭に被され、そこから出てくる温風で髪を乾かしていた。それが無くなった。

あのお椀を被るのが好きだったのに。まあ、ドライヤーで乾かせば済むことだからと、あきらめた。でも、今回は乾きが不十分だった。

理容店も商売であるから、その採算を重視するのは当然で、いろいろと考えるのは理解できる。無駄と思われるものは省く、ほかに代用できるものは代用する、など。

でも、それが中途半端で、お客に我慢を強いることになると、そのやり方に疑問を持たざるを得ない。

今回のような、言ってみれば、「静かなる値上げ」のような感じを受けるやり方は、利用者には不満が残るのです。

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2009年4月26日 (日)

洋画の日本語タイトルってどうなの

最近では、ほとんど洋画を見る機会がなくなった。

そして、見ようという気もあまり起こらない。

だって、タイトルが面白くないんです。たとえば、英語タイトルをそのまま、カタカナに直したようなものばっかりで、興味がわかないのです。

以前はこうではなかった。日本語タイトルを、ちゃんと考えて付けていた。

ということで、昔の名画のタイトルはどうであったかを見てみました。

英語タイトル「Love Story」 :日本語タイトル「ある愛の詩」。 

1970年のアメリカ映画で、ライアン・オニールとアリ・マッグローが出演しました。日本語タイトルは悲しくも美しい愛の物語にピッタリ。日本語タイトルのほうに分があります。

英語タイトル「Butch Cassidy and the Sundance Kid」 :日本語タイトル「明日に向かって撃て!」。

1969年のアメリカ映画で、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロスが出演しました。強盗を続け、刹那感が漂う生活。それを打破したい、という気持ちをこめた日本語タイトルでした。日本語タイトルの勝ち。

英語タイトル「The Way We Were」 :日本語タイトル「追憶」。

1973年のアメリカ映画で、バーブラ・ストライサンド、ロバート・レッドフォードが出演しました。恋愛そして別離。愛の再燃から結婚。最終的には離婚にいたる男女の物語。この映画のタイトルに関しては、英語と日本語のどちらがいいかを言うのは難しい。

英語タイトル「Bonnie and Clyde」 :日本語タイトル「俺たちに明日はない」。

1967年のアメリカ映画で、ウォーレン・ベイティ、フェイ・ダナウェイが出演しました。強盗行脚を続け、最後はハチの巣のごとく銃弾を打ち込まれて果てる、若い男女の物語。日本語タイトルの勝ち。

英語タイトル「Johnny Got His Gun」 :日本語タイトル「ジョニーは戦場に行った」。

1971年のアメリカ映画で、ティモシー・ボトムズが出演しました。戦争で肉体的、精神的なダメージを負った青年の悲しみを描いた反戦ドラマです。英語、日本語とも、良いタイトルです。 

では、最後に私の最も気に入っている映画タイトルです。

英語タイトル「A Streetcar Named Desire」 :日本語タイトル「欲望という名の電車」。

1951年のアメリカ映画で、ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランドが出演しました。内容は見ていないから分からないです。でも、タイトルがすごい。日本語タイトルは英語タイトルを訳しただけなのですが、すばらしいものになっています。

映画タイトルを付けるのは本当に難しいと思うけれど、ここが勝負のしどころでは。

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2009年4月25日 (土)

凪リズムがいい

いまや多くの芸能人、あるいは有名人がブログを書いている。

ブログ検索をすると、ときどき有名人のブログを目にすることがある。

この前、「富士宮やきそば」のキーワードで検索していると、ライブドアの元社長であったホリエモンが記事を書いていた。ホリエモンも富士宮やきそばが気に入ったようだ。

ところで、この人のブログに出会ったのは何のキーワードで検索したときであったかは、忘れた。

この人とは、女優・遠野凪子である。

私は、10年前のNHK連続テレビ小説「すずらん」に主人公・常盤萌の役で出ていたのを憶えていた。

でも、それ以降の彼女の活動は全然知らない。私はテレビをあまり見なくなったのだ。

遠野凪子の凪の字を取って、凪リズムと命名されたオフィシャルブログはいい。

何がいいのかというと、女優である遠野凪子の素に近いものが見えるから。料理が得意という、彼女がいうところの「なんちゃって主婦業」をこなしている姿が目に見えるようで、ブログを読んでいて楽しいのだ。

たぶん、遠野凪子は感情豊かな、そして楽しい人に違いない。

それが、ブログ記事の文面に表れている。それに、文章もうまいし。

で、Ameba 芸能人・有名人ブログの女性タレントランキングで順位を調べてみた。さぞかし、上位にランキングされているだろうと、思って。

しかし、500位の中に入っていなかった。こんなことを言っては失礼かもしれないが、さほど魅力的とは思えないブログが上位を占めていた。

ランキングの決め方はブログへのアクセス数で決めているらしい。そうだろう、その程度のことしか、できないのだよ、あんたらは。と、私はちょっと悪態をついた。

そして、私はこれを書いた。凪リズムのことを話したかったのだ。

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2009年4月24日 (金)

私って静岡人です

ご当地検定なるものがあって、いろんなところで行われている。

どこが発端であるかは分からないが、京都検定の人気が、ご当地検定を全国に広めた一因であるみたい。

それが、いまではご当地検定のみならず、いろんな検定がある。ネットでいろいろ公開されていて、私はときどきトライしている。

昨年、NHL大河ドラマ「篤姫」がブームになったとき、篤姫検定を受けた。見事に合格。私の篤姫への熱き想いが、自ら確かめることができ、「余は満足じゃ」的気持ちになったのです。

そして、このブログ記事を書くちょっと前に、静岡弁検定を受けた。

結果はというと、10問中10問の正解で、正解率100%の合格となったのです。

この検定のなかで、「ポンポンとは何か?」という問いがあった。

ポンポンとはバイクのことで、ポンポンによく乗っていた父親が使っていたのです。

昔のバイクはそんなに性能がよくなかったのかどうかは分かりませんが、ポンポンというエンジン音がしたのでしょう。それでポンポン。これって素朴で、いいな~。

長いこと静岡を離れていても、いまだに忘れない静岡弁。

静岡弁検定で全問正解した私は、なぜか穏やかな気持ちで満足しました。

やっぱり、私って静岡人です。

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2009年4月23日 (木)

料理は道具だ!だって?!

この前、テレビで料理の道具についての番組を見ていた。

そしたら、出演していたシェフが最後に、「料理は道具だ。その次が食材。そして料理人の技術。」というようことを言った。

ナルホドネと、すぐに納得した私です。

使っているフライパンをあらためて見た。底のテフロンが剥がれ、もうボロボロ。これではまともな卵焼きはできない。

ネットでいろいろ見てみると、プロは鉄製のフライパンを使うことが多いらしい。

やっぱり鉄のフライパンでしょう、とまたまた納得した私は、これを購入することを決めた。

でも、鉄のフライパンって、あんまり売っていない。近くのスーパーとかホームセンターを回って、やっと見つけた。

そのとき思ったことは、鉄のフライパンはスマートでかっこいい、これなら、いい卵焼きができそうだ、ということ。しかし、これが甘かった。

鉄のフライパンを手に入れた私は、使うにあたっての注意点とか、手入れ方法をネットで調べてみた。

すると、いろんなことが書いてあったが、つまるところ鉄であるがために錆びるので、それを防ぐための注意点及び手入れ方法なのです。

やっぱり、そうなのか、鉄だから錆びる。

錆びは化学的にいうと酸化であるから、空気中の酸素が作用するが、これだけでは酸化スピードは遅い。これに、水が加担するとスピードアップする。

ということは、フライパンの錆を防ぐためには、空気と水に触れることを、できるだけ避ける必要があるということなのです。

そのためには、フライパンのなかに調理物を長くおかない。そして、フライパンを洗った後、水気をとり、食用油を薄く塗っておく。

でも、やってみたけれど、これって簡単なようで、面倒なのです。

ということで、買ったものの、ちょっと扉のなかで休んでもらっています。

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2009年4月21日 (火)

つけナポリタンはポリシーです

食べ物に関するブログ記事を読むのが好きで、よくチェックしているのだけれど、静岡県富士市に「つけナポリタン」なるものがあって、最近ちょっと話題になっているという。

おいしい、という評価が多いなかで、なぜスパゲティをソースにつける必要があるのかという、クールなコメントもあった。

そんだら(これ、富士市のあそこらへんのことば。)、必要があるのかどうかは分からないが、今までの食べ物をちょっと分解して、というか、「つける」ということにコダワッテ、その妥当性を検討したい。

なんて、偉そうなことではなく、遊びたいということだけなんですけど。

まずは、アンパンから。

商品名、つけアンパン。これはパンを、アンコにつけて食べるというシンプルなもの。この場合、アンコはそのままではなく、水で溶いて、お汁粉みたいにした方がいいかも。

これって、小・中学校の給食で食べたみたい。

つぎなるは、商品名、つけカレーパン。これはパンを、カレーにつけて食べるという、これまたシンプルなもの。

これって、今でも、ときどきやってます。

さらに、つけ麻婆豆腐はどうでしょう。暖めた豆腐を麻婆豆腐のタレにつけ、それをイタダク、というチョットばかり、風変わりな食べ物です。

これって、さっき麻婆豆腐を食べたから思いついただけなんですけど。

とまあ、こんな感じで、なんだって「つけ」て食べることができるんです。やろうと思えば。

ですから、つけることの必要性を問うのではなく、それは、つけて食べようとする、その人の選択の問題であり、私の好きな「ポリシー」の問題なのです。

ということで、私は富士市の「つけナポリタン」なるものに、肩をもっています。

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2009年4月20日 (月)

ふたたび朝から花火

4月19日の早朝4時、ポンポンポンと、小さくはあったが、なにやら花火のような音が聞こえた。

まさか、この時刻に花火なんてやるわけがない。と思っていたら、4時20分に、またポンポンポンという音が聞こえた。

まさか、ウソだろ。と思っていたら、4時40分に、またまたポンポンポンという音が聞こえた。

花火であると確信した私は、ネットでここら辺のお祭りをチェックした。

すると、このあたりでは有名な水口曳山祭りが4月19日、20日に行われるとあった。

地図で確認すると、私のいる場所からおよそ15キロの距離である。

さらに、花火の聞こえた方向をコンパスでチェックすると、南の方角から聞こえたことが分かった。水口曳山祭りの行われる場所の方角と合っている。

間違いない、水口曳山祭りの花火である。と思う。

そうこうしているうちに、またまたまたポンポンポンという音が聞こえた。時刻は5時。

ふ~ん、正確に20分間隔で花火を打ち上げていると、ヘンなところで感心した。

じゃ、5時20分にも花火の音が聞こえるのかと、ヘンな期待をしたが、花火は鳴らなかった。

ところで、15キロ先の花火の音が聞こえるかということなんですが、私の見解は聞こえるということです。それも、早朝であればなおさら。

早朝に、遠くの電車のガタコト音、あるいは遠くの船のボーンという霧笛を聞いたことがあるから。

さて、何のために早朝から花火を上げているのか?その意図がなんであるのか分からない。が、意図がなんであれ、私はそれを認めたくない。

そんなことを考えていたら、ポンポンポンという音が、こんどは大きい音で聞こえた。時刻は6時30分。

なるほど、この近くでもお祭りがあるのね。

ほんとに、この辺の人は、お祭りと花火が好きなんだから。

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2009年4月19日 (日)

食パンの切り数にみる関西人の微妙な食感

休日の朝に食パンをトーストして食べる。そして、一杯のコーヒーがあれば、さらによし。

しかし、平日はそんな風に気どってはいられない。パンではお昼までお腹が持ちません。消化がよいので空腹になるのが早い。ですから、平日はご飯です。

そう、私は休日だけのパン党なのです。

ところで、関西人はパン好きが多いという。もちろんパンの消費量が多いという事実があっての話です。

京都に行くと、まあよくこれだけのパン屋さんがあると思うくらい、多くのパン屋さんを目にすることができます。私のいる滋賀も、パン屋さんが比較的多いように思う。

さて今回は、パンはパンでも、食パンのことなのです。

食パンの切り数は8枚が基本であると思っていたのです。確かに、関東では8枚切が今でも普通に売られています。最近では6枚切もかなり出回っていますが。

しかし、ここ滋賀県のスーパーで、8枚切の食パンを見ることは、めったにありません。これは滋賀だけではなく、関西一帯で当てはまることらしいのです。ほとんどが、5枚切か6枚切なのです。

5枚か6枚か、さあ、どっちにする?てな、感じで、選択をせまられのです。

5枚と6枚でどう違うのよ、数が多いから6枚切のほうがいいかも。なんてことを考えているようでは、まだまだ甘い。じつは、私も当初、そのように考えていました。

しかし、その考えはあまりに単純で、だいじな点を見過ごしています。

だいじな点とは、食感なのです。

もっと簡単にいうと、モッチリ感というヤツ。

一般的に、関西人はモッチリしたものを好む傾向にあるそうです。

6枚切でも、ある程度のモッチリ感はありますが、さらなるモッチリ感を求めるとなると、5枚切ということになるのです。

5枚切と6枚切における、この微妙な食感の差を理解するのに、私はかなりの年月を要したのです。

微妙な食感の差を理解したものの、やっぱり私は6枚切を選択します。

その理由は、いたって明快です。1食につきパン半斤を食べることを常としている私は、5枚切では、2.5枚を食べるという計算になり、1枚を半分に切らなくてはならない。

それが面倒なのです。

じゃ、5枚切を3枚食べたらいいじゃん、て言われそうですが、それでは食べすぎなのです。あくまで、パン半斤。これ、私のポリシー。

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2009年4月18日 (土)

3キロ先の人の存在

私は山に登ることが好きだった。

滋賀に来て、最初に登った山が米原にある、なんとか山で、残念ながら名前は忘れた。

2番目に登ったのが雨乞岳という山で、私はこの山のことは、これから先も忘れないでしょう。

頂上に至るまでの変化に富んだ山道は、楽しい以外の何ものでもなかった。途中で道を見失うこともあったが、それすらも苦にはならなかった。

山に登ったとき、たいがいの人は頂上で、まわりの景色などを見たりして、しばらく憩うのだが、私にはそういう趣味はない。登ったら、ちょっと休憩して、すぐに下山する。

しかし、雨乞岳の頂上では違った。私はある方向を見ていた。

見ていたのはおよそ3km先にある御在所山の頂上である。雨乞岳と御在所山は高さがほぼ同じ。しかし、あちらの山のほうが有名で、たくさんの人が登る。

しばらく見ていて気がついた。御在所山の頂上付近で動いている、なにか人のようなもの。

ウソ?!あれって人じゃないの。

そう思うと、なぜかしら、ますますもってその動きが鮮明に見えてきた。

ひょっとすると、手なんか振っちゃったりしているんじゃないの、なんてことを思ったりした。

そして、下山したあと、そのことを冷静に考えた。ほんとうに人が見えたのか、ということを。

私が考えたのはこういうこと。

3キロ先の人と私の目の位置関係、それと同じ位置関係を設定して、その位置関係において見えれば、山で人が見えたということがある程度実証できるのでは。

人の身長を170センチとすると、3キロ先のその人を見るということは、その縮尺関係から、目から30センチ離れた0.17ミリのモノを見るのと同じこととなる。

はたして、0.17ミリが見えるのか?

私には見える。たしかに見える。ということは、じっさいに山でも3キロ先の人が見えたのだ。

しかも、その人は動いていた。それが、私に人であるということを認識させた。動いていなければ私は気がつかず、このような話はなかった。

3キロ先の人の存在を認識した私は、見えないはずのものも見えるような気がした。それが、手なんか振っちゃって、ということなんです。

だけど、ホント、今回の話を含めて、雨乞岳は印象に残る山だったのです。

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2009年4月16日 (木)

青箱の牛乳石鹸がほしいのよ

コンビニ各社の2008年度決算が発表された。 

大手5社のうち、ミニストップを除く4社が前年度より増収増益で、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートにいたっては過去最高益であったそうです。

そんなニュースを耳にすると、消費者にとって、そんなにコンビニは魅力的なのか?なんてことを考えてしまうのです。

私にとってのコンビニとは、パンとかお菓子などを買う食料品店としての利用が主で、他の商品なんて目に入らなかったのですが、今回のコンビニ各社の決算内容がよかった理由に、タバコがよく売れたということがあるらしいのです。

コンビニでタバコを買う?

なるほどね~、気がつきませんでした。タバコを吸いませんので、スイマセン。なんてダジャレを言っている場合ではないが。

さて、日本フランチャイズチェーン協会の調査によると、コンビニにおける非食品の売り上げは36.9パーセントを占めるのだそうです。

今までは、ほとんど気にも止めなかったコンビニの非食品の商品たち。ちょっと見てみるか、ということで、石鹸がなくなってきたのでコンビニでチェック。

ありました石鹸が。でも、あるのはミューズ薬用石鹸の赤箱のみ。

ワタシが欲しいのは、牛乳石鹸の、薬用石鹸ではなくて化粧石鹸、しかも赤箱ではなくて青箱なのよ、しつこいようですが。

ということで、コンビニでの石鹸の購入を諦め、すぐ近くにあったドラッグストアで青箱の牛乳石鹸を手に入れた。

最初からドラッグストアに行ったらいいじゃん、なんてことを言われそうですが、それもゴモットモです。

結局、コンビニの非食品の商品たちって、ブランドとか、何かのコダワリのない場合はいいのだけれど、少しでもこだわりがあると、購入は無理ですね。品数が少なすぎます。

ここにいたって気が付いたのですけど、ワタシがコンビニで食品を買うのは、食品に関してはコダワリがないのね、はやい話が。

なんでもいいから食べられればいい、ということなのか。

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2009年4月13日 (月)

琵琶湖のヨシから作る松明

滋賀県近江八幡市は二つの火祭りを持っている。

一つは3月行われた左義長祭りで、もうひとつは4月14日から始まる八幡祭りです。

でも、正直なところ、八幡祭りのことはあまり知りません。

4月12日、近江八幡市の日牟礼八幡宮ではこのようなことが行なわれていました。

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4月14日に行われる八幡祭り宵宮で燃やされる松明の準備をしていました。

こうやってみると、お祭りの準備って大変そう。

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この松明は長い竹に、ヨシとか菜種殻を巻きつけて作っているのです。

さて、そのヨシなんです。

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このように、琵琶湖では群生しているのです。

しかし、ヨシの群生している面積は昔よりかなり縮小しているそうです。

琵琶湖の水の浄化に力を入れている滋賀県は、その一つの方策として、ヨシの湖水への浄化能力に期待しているのです。そのためにはヨシの群生面積を増やさなくてはなりません。

そして、群生面積を増やす一つの手だてが、冬場の枯れたヨシの刈り取りなのです。刈り取りすることにより、芽吹きがよくなるということです。

ですから、せっせとヨシを刈り取り、その刈り取ったものを松明の材料として使うという、お祭りと環境保全とがつながっている興味深い構図ができているのです。

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2009年4月12日 (日)

そんじゃ、いらない

今まさに、桜の満開状態です。

そこで、行ってきました、桜の花見に。

琵琶湖の東、いわゆる湖東地区での桜の名所のひとつは彦根城でしょう。

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自分でいうのも何ですが、けっこういいでしょう、この写真における桜の配置が。

と、ここまではよかったのです。桜もきれいですから。

問題はこのあとのこと。天気もいいし、気温も高い。そうなると、ちょっと飲みたくなるのがビールです。

幸いにも露店も何店か出ています。そして、缶ビールを売っている露店を見つけました。

そこには先客がいて、露店のオッサンと話しています。

「ビール何本?」とオッサン。「10本ぐらい。」と客。オイオイ、ぐらいはねーだろ、とワタシ。

結局、10本の缶ビールが袋に入れられ、「5,000円。」とオッサン。

そこで、ワタシは反応した。ということは1本500円ということ?

ワタシが買う順番が来た。「1本いくら?」とワタシ。「500円。」とオッサン。

「そんじゃ、いらない」とワタシ。そして、何事も無かったかのように、その場を去った。

350ml缶が1本500円というのは観光地価格、あるいはお祭り価格というものかもしれない。だったら、露店に価格表示しておいてくれよ。食べ物なんかの価格は表示してあるのに、なんで缶ビールの価格表示はしてないの。このオレに値段を聞かせんでくれ。

と、ふつふつと湧き上がる憤まん。

では、いくらだったらよかったのか。ずばり、350円だったら買いました。400円だったら、ちょっと迷うかもしれないが、のどの渇きしだいでは買うかも。

500円はあまりにも利益優先がミエミエで、ワタシは拒否する。

だいたいが、缶ビール販売なんか、右から左へモノを流すだけのことで、なんでそんなに儲けようとするのよ。もっと他のことで儲けてよ。

ということで、値段を聞いて高いと思ったら、買うのはやめましょう、露店の缶ビール。

これが、今日のポイントです。

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2009年4月11日 (土)

米1合のデータ

毎日お世話になっている、お米についてのデータをネットでチェックしてみました。

本来なら自ら確かめたいのですが、計量秤がありません。残念ながら。

さて、データは米1合についてです。

米1合の重さ・・・およそ150グラム。

米1合の炊き上げ後の重さ・・・およそ340グラム。(150×2.2~2.3と言われているそうな)

米1合の米粒数・・・6,666粒(1,000粒で22g~23gであることから、計算によって出した)。これについての私の感想は、1,000粒まで数えたなら最後まで数え通してほしかった、というものです。

このなかで、私の興味はデータがちょっと曖昧な米1合の米粒数です。

これを、なんとか検証できないか。もちろん一粒一粒を数える勇気はありません。

私が考えたのは、かりに6,666粒を正しいとした場合、米1粒の重さを出して、それを6,666倍した値が150グラムに近いものであるならば、ある程度の正しさを認めることができる、ということです。

米1粒の重さは、高精度の秤があればいいのですが、そんなものはありません。

そこで、米1粒の体積と比重から算出することとしました。

米の比重はネットで調べたところ、1.3であるということです。

問題は米1粒の体積です。しかし、だいじょうぶ。米1粒の体積は分からなくても、米1合分の体積は分かるのです。

米1合で満たされたコップに水を注ぎ入れ、これを水で満たします。注ぎ入れた水の量から米1合の体積が分かります。

ちなみに1合は180㏄で、ちょうどその容積のコップがあったのでそれを使いました。

注ぎ入れた水の量はおよそ70㏄でした。よって米1合分の体積は(180-70)により、110㏄となります。

ということは、米1粒の体積は110÷6666=0.0165㏄

で、1粒の重さは0.0165×1.3=0.02145グラム

よって、米1合の重さは0.02145×6666=143グラム

このことから、かなり大雑把であるけど、米1合の米粒数は6,666に近い値ではなかろうか、と考えられます。

だけどホント、こうやってみると、私ってかなりヒマジン。

もっとヒマな人は、じっさいに米1合の米粒数を数えてみてください。忍耐力の有無が確かめられますよ。

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2009年4月 9日 (木)

朝から花火

ここ東近江市は朝から花火が鳴る。

なにかのイベント、とくにお祭りなどが開催されるときの朝に花火が打ち上げられるのです。

もちろん、夜の花火と違って、光ではなく音が主体の花火で、周辺といっても、かなり広い範囲にわたって、イベントの開催を知らしめる。

それを聞いた私はネットで検索して、何のイベントが開催されるのかを知る。

ですから、それはそれで役に立っているので、いいのですが、問題は打ち上げ時間なのです。

私の記憶では、だいたいが7時頃だと思ったのですが、この前の花火は6時半に打ち上げられた。

ちょっと早いんじゃね~の、と思ったが、どうなんでしょう。

私としては、やっぱり7時が地域住民としての朝の活動のスタート時間だと思っているのです。

ですから、休みの日の洗濯は7時からです。ほんとうはもっと早くしたいんですけど、私も地域住民なので、まわりに気を使っています。

ネットでちょっと調べたんですが、6時に朝の花火が打ち上げられた、というブログ記事がありました。

これって、ちょっと早くね~かい?

地域の事情というものがいろいろあって、一概には言えないけれど、私としては6時の花火は勘弁してほしい。

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2009年4月 8日 (水)

消臭ポットのきらめくゼリー

私は消臭剤を愛用している。

消臭剤の置き場所は電子レンジの上です。何故かというと、ほかの人からレンジを譲り受けたとき、レンジに付着したニオイに耐え切れず、どうにかしてニオイを取りたいと思い、消臭剤を置いたのです。

ニオイを消し去るには何日かは掛かりましたが、なんとか気にならない程度になりました。それ以来、電子レンジの上には消臭剤が置かれています。

その消臭剤のことなんです。

エステー化学の新商品「消臭ポット ジュエリア」がすごい。

なにがすごいかって、そのパッケージに書かれたコピー文がです。

「きらめくゼリー ゆらめく香り 消臭ポット ジュエリア」「お手にとってご覧ください。光によって、ゼリーが宝石のようにきらめきます。」

ということで、お手にとった私は、きらめくゼリーに納得して、購入いたしました。

さて、パッケージを取り去り、香りの確認をしました。ゆらめく香りであったかどうかは分かりません。まあ、ふつうの香りじゃないでしょうか。

ところで、ちょっと気になったのは消臭剤の容器のこと。

容器には何の表示も無いのです。あの派手なパッケージからは想像できません。これじゃ、買い替えのとき、何っていう商品かわからないじゃないの、と思ったのは、浅はかな思いであろうか。

しかし、消臭剤の香りが消えたとき、その商品名も頭の中から消え去るなんて、考えようによってはおもしろい。

香りと共に去りぬ、ということなんですけど。

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2009年4月 7日 (火)

BIWAKO JAZZ FESTIVAL IN 東近江 2009

4月5日、東近江市の街中に音楽が溢れかえった。

滋賀県中小企業家同友会30周年記念事業として、「BIWAKO JAZZ FESTIVAL IN 東近江 2009」が開催された。

大量に配られたパンフレットの表紙のコピーは、このように踊っていた。

「ガチャコン列車で東近江へ。桜香る延命公園はすでにお花見でにぎわっている。あちこちで音楽が聞こえる。そう今日はこのまちがステージなんだ!」

ということで、この私もステージに行ってきました。

11時スタートのこのフェスティバル、最初に見たステージは病院前です。

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大阪からきたグループ、「The Regacy Sounds」です。

なにせ、今回の参加バンドは100グループ以上で、それが15会場に分かれての演奏なので、前もってなにを聴くのかを決めておかないといけません。

私はビッグバンドを聴くときめました。

さて、この「The Regacy Sounds」なんですけど、ベッチーのアルトサックスがいい。

次なるは、東近江市に事業所をもつ村田製作所のビッグバンド「ムラタオールスターズ」です。同じく病院前ステージより。

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このグループの圧巻は、やはりキーボードのミヤタプロでしょう。ボーカル兼司会の人がミヤタプロとして紹介していました。ほんとに、この人、相当上手い。

コンビニの駐車場でのステージです。

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さらに、市役所駐車場のメインステージです。

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このグループはジャズ風な曲とともに、昭和歌謡の「青い山脈」も演奏しました。

ジャズ・フェスティバルとはいうものの、ジャズだけではなく、いろんなジャンルの音楽が演奏されていました。

とにかく、この日の私は忙しかった。あっちのステージ、こっちのステージとかけめぐり、演奏を楽しんだのでした。

しかし、あっというまにフィナーレ。

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スタートの11時から、フィナーレの夜7時まで演奏を求めて、うろついていたことになります。

でも、町なかで聴く音楽が、こんなにも楽しいものとは思いませんでした。

最後に、主催者である「びわこ JAZZ フェスティバル 実行委員会」の意気込みともいえる文章がパンフレットに書かれていたので、これを紹介します。

「このイベントでいう「JAZZ」とは19世紀末、アメリカ南部の街角で新しい音楽として産声をあげたジャズの自由な精神と表現を受け継ぎ、ここ東近江の街から新しい音楽とその文化を発信していけるようなそんな思いを込めています。あらゆるジャンルの音楽が融合し、そこから街にやさしく調和する独自の 「ストリートミュージック」 が生まれていくことを、私たちは願っています。」

「今回のイベントをきっかけに今後毎年、継続していける行事として一過性のものではない 「育む行事」 を創造していきます。」

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2009年4月 4日 (土)

「きれい」という美意識

なぜ、なぜ、あなたは綺麗になりたいの?と、井上陽水も「恋の予感」で歌っている。

そう、誰でも綺麗になりたいと願っている。 

ところで、綺麗ってどういうことなの?あるいは何なの?

こんなことを考えるようになったのは、NHKの番組で桂離宮の特集をしていたのを見てから。番組のなかで、当時は引き戸の引手や釘隠しなどの飾り金具のことを「綺麗」と呼んでいた、との説明があった。

飾り金具イコール綺麗とはどういうことなんでしょう。

これを理解するには、少しばかり江戸・寛永文化を勉強しなければならないようです。

その当時、寛永文化サロンとおぼしきものがあって、公家あるいはその周辺にいた芸術家たちでなりたっていました。

彼らは西欧文化を、とくに西欧意匠を日本文化に導入することに熱心でした。そういう人たちの共通概念のなかに、「きれい」という美意識があったのだそうです。

それ以前にはない美意識であるらしく、実際の文書のなかで、「きれい」という言葉が使われたのも、その頃からであるらしい。

この「きれい」という美意識を育んだ重要な人物として、小堀遠州という人がいました。この人は江戸幕府の宮廷建築担当の役人で、有名な茶人でした。

小堀遠州は宣教師から西欧文化を学び、その影響を大きく受けた彼の建築スタイルは、あの桂離宮や修学院の建築にも影響を与えたのでした。

そして、「きれい」という美意識に基づいて造られた建築は「綺麗座敷」と呼ばれるようになったのです。たとえば桂離宮の新御殿がその実例だそうです。

綺麗座敷の特徴は空間の装飾性にあり、西欧意匠の影響を受けたものです。

ここにおいて、飾り金具イコール綺麗の最初の疑問が少し解けました。

さらに付け加えますと、小堀遠州の茶道を指して「きれいさび」というのだそうです。

ここまで書いてはきましたが、正直言っていまひとつピンときません。江戸寛永文化サロンの「きれい」という美意識が理解できたような、できないような。まだまだ勉強不足であることは否めません。

ところで、いま私たちが使っている「きれい」とは、どんなんでしょう。

広辞苑では、このように説明されています。それを列挙します。

服装が派手で美しいこと。(花やかに)美しいこと。澄んで清らかなさま。いさぎよいさま。さっぱりしているさま。清浄。清潔。あとに余計なものを残さないさま。すっきり。整っているさま。

これらのことより、「きれい」とは、内面より外面を重視した言葉であることがわかります。

江戸・寛永文化における、「きれい」という美意識も、それに近いものだったのでしょうか。

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2009年4月 2日 (木)

タイの結婚式をちょっと知る

タイの、地方における結婚式についてちょっと知ることができた。

庭先に仮設のテントを張り、そこにテーブルを設置して結婚宴会場にするとか、皆の見ている前で新郎・新婦が一緒に布団の中に入る儀式など興味深いことが少なからずある。

そのなかで私がいちばん興味を持ったのは、お金を見せびらかす儀式なのだ。

お金は新郎が用意した結納金です。このお金を、皆に見せつける。

テーブルかなんかの台に、きれいな布を敷いて、その上にお札を並べる。さらに小さな入れ物に入った金(ゴールド)をテーブルの中央において見せつけの準備完了です。

そして、結納金の額については皆に公表される。ゴールドについても同じようにそのグラム数が公表されるのでは。

さて、結納金の金額なんですが、私のまわりにいる若いタイ人に聞いたところ、彼は10万バーツ(およそ30万円)を用意したらしい。

タイの地方における平均収入は月2万~3万バーツらしいから、かなり頑張って結納金の用意をしたようだ。

ところで、日本と同じように、結納金の半返しというのがあるらしく、10万バーツを用意した彼は結局のところ、お嫁さんの実家から5万バーツで購入した土地をプレゼントされたらしい。

こうやってみると、タイにおいても結婚するとなると、なかなか物入りで大変であることが分かります。

それに、結納金なんか皆にその金額を知られてしまうので、うかつなことはできません。

ということで、タイ国の男性に同情いたします、ホントに。

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2009年4月 1日 (水)

口笛へのイラツキって

スーパーのレジに並んでいたとき、後ろの方から口笛が聞こえた。

それを聞いたとき、私は何故かしらイラツイタ。そのときは明確にイラツキの理由を認識できなかった。

しかし、3月23日発行の雑誌「アエラ」を読んで、イラツキの理由に思い至った。

アエラのなかで、野田秀樹が「ひつまぶし」という連載コラムを書いている。3月23日号のそれは「微笑ましくない物音」というサブタイトルが付いていた。

劇場で演劇を見ようとしたのだが、オバチャンたちの飴を食べるときの包みの「カサコソ」という音が気になって、劇を見ることに集中できず、そのうちに劇が終了してしまったという、悲哀に満ちた話でした。

このコラムを読んで野田秀樹に同情するとともに、レジでの口笛へのイラツキの真相がなんとなく分かった。

野田秀樹における「カサコソ」に対するイラツキ。そして、この私の口笛に対するイラツキの対象は音そのものではない。たしかに気にはなるが。

それよりも、なぜそのような音をだすのかという、音の発生源者に対する憤りが大きい。

そこには、まわりの人に対する配慮のかけらもなく、自己中心的な振る舞いで、それがイラツク。

だいたい、なんでレジに並んでいて口笛を吹くのか。私には、「早くしろ」と言っているように聞こえる。

まあ、あれですね、周りに人がいるときは、不用意に音を出さないほうがいいのかも。

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