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2009年3月29日 (日)

湯垢に生きている証を見た

あまりいい話ではないが、最近お風呂の浴槽の汚れが気になる。

こまめに洗剤かなんかで洗っていれば、そんなには汚れないと思うが、私にはそんな時間はない。というのは冗談で、ただ単に面倒くさいので、水で流す程度で済ませていると、あっという間に汚れてくる。

湯垢というヤツである。これってなんのことはない、ほとんどが自分の皮膚の垢なんです。

皮膚の表面細胞の角質化されたものが剥落ち、垢となるのです。そこに塵みたいなものが付着して黒くなっているのです。

私は爪で浴槽の汚れをこすり落とした。見ると爪にパサパサとした感じのものが、へばり付いた。

はじめはちょっと汚いと感じた。が、浴槽に付いている私の角質化された細胞の量の多さを想像して、ある種の感慨を持った。

私は確かに生きている。

どんどん細胞を角質化し、そのかわりに表面細胞を新しく補っているのだ。このこと自体が生きているってことで、その証がこの湯垢であるのだ。

ところで、感慨を持つのはいいんだけれど、汚れた浴槽は気分的にあまりよくないんで、やはりキレイにしておくに越したことは無い、なんてことを思ったりしたのです。

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2009年3月28日 (土)

御堂筋のキレイな教会のような

大阪の御堂筋を歩いていたら、こんな教会を見つけた。

Dcf_0062

なんとキレイな教会でしょう。しかし、その後この写真のことは忘れてしまった。

まえに撮った写真を見直して、この教会のことを思い出した。

なんという名前の教会だろうと思い、グーグルマップに「御堂筋 教会」のキーワード入力して検索したが、それらしいものは出てこない。

しかたがないので、マップを拡大して御堂筋の建物をチェックしたら、ありました。

名前は「セントラファエロ教会 御堂筋倶楽部」といって、企業が運営する結婚式のための施設でした。

なるほど、キレイな訳です。

ここでの結婚式のウリのひとつとして、ベンツのオープンカーに新郎・新婦が乗り、御堂筋のパレードと式場への登場というのがあるらしい。

なるほど、こういうのを大阪的嗜好というのでしょうか。

さらに、ここのチャペル内のステンドグラスがすごいらしい。

まあとにかく、普通の人は、結婚式は一度きりだから、好きにやったらいいんじゃないの。パーット。

いや、まてまて、このあいだ藤原紀香も離婚したそうな。それもパーット結婚式やって2年後に。

やっぱり、結婚してうまくいくかどうかは、結婚式の内容とあまり関係ないのか。

ということで、結婚式は当事者の嗜好の問題である、ということに落ち着いたようです。

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2009年3月26日 (木)

デキモノの話です

確証はないが、デキモノの出来ない人はいないのでは、と思っているのです。

これはシャレではありません。じっさい、私はデキモノに悩まされてきました。

小さいころは、目にモノモライがよくでき、眼科になんど通ったか。モノモライもデキモノの一種だと思うのですが。あの頃はよく勉強をして、目を酷使したのが悪かったのか。もちろん、これは冗談です。

強烈な痛みを伴ったデキモノができたことがありました。できた場所は恥ずかしながらお尻です。あまりの痛さに満足に動くことができず、会社に理由を話して休みました。もう、だいぶ前の話です。

痛さをこらえて、近くの医者に行きました。そして前夜の風呂で、デキモノの周りをマッサージしたことを医者に告げると、怒られました。

それが原因で症状がひどくなった、と言われました。

だって、マッサージがあまりに気持ちよかったんですもん、なんてことの弁解は医者にはしていません。当然のことながら。

翌日、会社に行ったのですが、椅子にまともに座ることができず、へんな格好で座っていたら、周りの人に笑われました。トホホホ。

そして、今またデキモノが私を悩ませております。なんと鼻の左横にできたのです。

痛みを伴って、ドンドン大きくなっていきました。そのうち化膿してきたので、自分で膿をしぼり出しました。そしたら、なんと白い塊が出てきたのです。小豆よりちょっと小さめですが、りっぱなツブです。

そのツブを手でつぶし、ニオイを嗅いでみたら、クサー。

なんでこうなるの、いい男が台無しじゃないの、なんてことを少し思ったりなんかして。

イヤイヤ、そんな冗談を言っている場合ではないのです。徐々に腫れは引いているようだけど、もとに戻るには時間が掛かりそう。

ところで、こんなことになる原因はなんなのよ?と毒づきたくなります。

天は我に試練を与えたまいしか?

そんなことないか。

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2009年3月24日 (火)

和色は文化です

ひょんなことから、江戸紫という色の存在を知った。

あの海苔の佃煮の「江戸むらさき」とは、残念ながら違う。

わざわざ江戸という地名をつけているのは、京紫という色があって、それの対抗というか、意識しての命名らしい。

江戸紫のことを調べていたら、日本には伝統色というものがあって、それらは和色と呼ばれていることから分かるように、日本的な名前がついている色たちです。

その色数は465色とかなんとか言われたりしていますが、これも色だけに、いろいろな見解があるみたいです。

さて、色の種類は無限にあると考えられています。でも、それは単にあるというだけでは、私たち意識下に留まることはないのです。

そこで、いにしえの日本人たちは色を選択し、それに名前を付けた。そうすることにより、色を意識下におき、他の人と共通した認識を持ち、さらにそれを観賞することが可能となったのです。

ということは、色の選択は文化であり、日本の和色は日本文化そのものではないのでしょうか。

文化であるからして、これらは教育を通して学ぶ必要があります。

ところで、私たちはどこで日本の和色のことを学んでいるのでしょうか?

思い出すのは、幼きころ、幼稚園か小学校低学年のころでしょう。クレヨンを使って絵をかいたとき、クレヨンには色の名前が書いてありました。

水色、こげ茶、黄土色あるいは桃色などなど。

これこそが、日本の伝統色である和色です。

しかし、クレヨンの色数はそんなに多くありません。クレヨンだけでは和色のごく一部分しか知ることはできません。ですから、多くの人は和色のことをほとんど知ることなくして日々の生活を送ることになるのです。

まず普通の人は江戸紫なんていう色の存在は知らない。着物に興味のある人は別として。

だけど思うに、和色の知識があったなら、日々の生活がもっと奥深いものとなり、さらに楽しくなるかもしれない。そして、もっと薫り高い文化的な生活が送れるかもしれない。

こんなことを言うのもなんですが、文化ですよ文化。人をして生活を楽しいと感じせしめるものは。

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2009年3月22日 (日)

雨と共に去りぬ

ハリウッド映画の名作である「風と共に去りぬ」。

1939年に公開され、空前の大ヒットをした映画ではあるが、今となっては、かなり昔の映画になってしまった感が強い。

私もこの映画を見ようと思えば、その機会はあったはずだが、いまだに見てはいない。

とにかく大作すぎて、二の足を踏んでいまう。3時間42分の上映時間は長すぎてかなりきつい。

それに、なんか仰々しくて、途中で嫌になりそう。

しかし、私はこのタイトルを気に入っている。そして、よく利用する。

たとえば、会社の終業時間がきてすぐに帰ることを、「鐘と共に去りぬ」と表現している。

そして、このたび新しい言い回しを思いついた。

それは「雨と共に去りぬ」というもの。

じつは私は雨男なのです。一時帰省から滋賀に戻るとき、大概が雨のような感じ。

今回も雨でした。そこで私は寂しく呟いたのでした。

戻るときはいつも雨。そう、「雨と共に去りぬ」。

なんてこと、言ったりして。

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2009年3月20日 (金)

私の反射神経のこと

私は反射神経に関するあるシーンを時々思い出す。

それは、もうかなり前のこと。車で河川沿いの見通しのよい道路を走っていた。

前方に犬を連れた人が道脇で立ち止まっているのが見えた。まだ距離があったが、なにか嫌な感じがした。

さらに前方の対向車線には車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。なにかあったなら、かわすことができないと、その時思ったのかもしれない。

飼い主とその犬を通り過ぎようとしたその時、何かが起こった。

鎖につながった犬が道のなかに突然入ってきたのが見えた。瞬間、私はハンドルをすばやく、そして小さく右に切った。右車線は車が走っており、小さくハンドルを切るしかなかったのだ。

犬をかわすことができたかどうかは分からなかった。そしてバックミラーを見た。そこには飼い主と犬が立っているのが見えた。

かわすことができたのだ。

しかし、バックミラーのなかの飼い主と犬は、なぜか呆然として立っているよう見えたのは私の気のせいだったのでしょうか。

そして、私は自分の反射神経に感謝した。

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2009年3月19日 (木)

ドラマ・天地人における信長の存在とは

NHK大河ドラマ「天地人」を見続けている。

そのなかで、織田信長のドラマでの存在が面白い。なんというか、こんなことを言っては失礼かもしれないが、スパイス的存在とでもいいましょうか。

前回放送の「御館の乱」では、その演出の奇抜さもあって、非常に興味深くドラマをみていた。

その興味深いシーンをもう一度思い出しておきます。

上杉謙信が亡くなったということと、その後の上杉家の跡目相続にかかわる混乱を見て信長が感想を述べます。

「天は、この俺に進めと言うておるのか。」「謙信なら、この俺を止めることも出来たであろうに。」

さらに、「目に見えぬものほど、もろいものはない。」「滅せぬものなど、この世にはない。」と続きます。

これを聞いた初音の手が宙に浮き、そろりそろりと信長に近づいていきます。そして信長の頬に軽く触れました。

「鬼になりなされ。さすれば、恐れも消えましょう。」と初音。

初音の手が大きく映し出され、さらに信長の頬にタッチなんていう場面は、なかなかこのような歴史ドラマでは見られないシーンではありますが。

さて、信長のスパイス的な存在とはどういうことなのでしょうか。

ドラマ・天地人のメインテーマである義と愛を貫くというスタイルは、まことに立派であり感銘を受けるものではあります。

しかし、ものごとには多面性がある、と思っている私には、ある事柄に執拗に固執するのは息苦しいことであると感じています。

よって、義と愛というメインディシュには信長というスパイスが必要と思っているわけです。

しかし、このドラマから信長が消え去るのも時間の問題です。

次なるスパイス的な存在は誰でしょうか?

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2009年3月17日 (火)

火炎放射器の火炎のすごさ

近江八幡の火祭りである「左義長まつり」のブログ記事を書いていたら、火に関する昔の記憶がよみがえってきた。

それは、たぶん小学生のころ。富士山麓での自衛隊の演習を見たことがあるのだ。

覚えているシーンはふたつ。

ひとつは迷彩服をきた自衛隊員が小銃を抱えて集団で走っていたこと。これについては、なんか戦争ゴッコしているみたいだ、と思ったに違いない。

覚えているふたつ目のシーンは強烈だった。火炎放射器の火炎のすごさ。たぶん、恐怖に近いものを感じたに違いない。その時の印象が頭のなかにこびり付いて離れない。

あらためて調べたら、当時の自衛隊が使っていたのはM2火炎放射器というもので、アメリカ製である。この火炎放射器は第二次世界大戦での日本軍を相当苦しめたらしい。

火炎放射器の射程距離は33メートル。これを不服とし、改良型の射程距離40メートルの携帯放射器なるものを今は使っているらしい。

ところで、アメリカ軍は火炎放射器を現在使用していないらしい。今の戦闘においての武器としての有効性が少ないことと、火炎を使うというある種、残酷な印象を与える武器であるということが使用を控えた理由みたい。

しかし、自衛隊は今でも使っているらしい。武器として有効であるとの判断があるのでしょう。

でも、あの火炎放射器からのすごい火炎を見たら、恐怖とともに、誰でもいろんなことを考えますよ。

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2009年3月15日 (日)

左義長まつりの赤いヒラヒラ

3月14日、15日の両日で、近江八幡市の日牟禮八幡宮において奇祭「左義長まつり」が開催された。

こんなことを言っては失礼だが、この日牟禮八幡宮って、なんか寂しい感じのする神社であると、常々思っていた。あまり存在感のないような。

しかし、今回はじめて左義長まつりを見て、その考えは一転した。この神社って、この祭りのために存在しているような感じ。

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「チョーヤレ チョーヤレ」「ワッセ ワッセ」の掛け声と伴に日牟禮八幡宮に集合してきた左義長と呼ばれる山車たち。

古の昔、あの織田信長も参加したという祭りです。当時はもちろん安土で行われていましたが、信長亡き後、安土から近江八幡に移り住んだ人たちによって、この地で再び行われるようになったそうです。

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「けんか」と呼ばれる左義長同士のぶつかりあいです。これもこの祭りのハイライトの一つです。

最大のハイライトは左義長に火をつけて燃やすこと。でもそれは夜になってから。残念ながら「早寝、早起き」の私は見ることができません。(ホンマカイナ)

でも、見れる人は見たほうがいいです。この祭りは火祭りですから。

ところで、左義長の赤くて長いヒラヒラは、赤紙で出来ていて、火をイメージしているらしい。これに火を点けたら、瞬間的に燃え上がって、すごい火炎ができると思いますよ。

で、赤いヒラヒラ。

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写真から分かるように、糊で貼り合わせて長くしているんですね。手間が掛かっています。

最後に左義長を担いでいた威勢のいいお兄さんの言葉です。自分の肩にかかる重さに耐えかねて一言。

「もっと持ていー!おのれらー!」

お祭りは、楽しくもあり、辛くもあり。ということですか。

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2009年3月14日 (土)

大きなメディアの感性とは

さる3月11日に韓国・釜山において拉致被害者・田口八重子さんの長男および実兄と、元北朝鮮工作員・金賢姫との面会が実現した。

これに関しては、当然のことながらメディアが大々的に報道した。

その報道のなかで、私は違和感とまではいかないものの、それに近いものを感じた。

3月12日のNHKニュースのなかで、金賢姫は金元死刑囚との扱いになっていた。しかし、それを聞いたとき妙な感じがした。

確かに大韓航空機爆破事件の実行犯で死刑囚であったことは間違いないのだが。

そして、私はほかのメディアが金賢姫をどのように扱っているかに興味を持った。

メディアといっても新聞に限るのですが、私の調べでは全国紙と呼ばれる5紙のなかで、読売、朝日、毎日、日経の4紙が金元死刑囚として扱っており、産経のみが金元工作員との扱いでした。

他のブロック紙及び地方紙は金元工作員としての扱いがほとんどのようですが、このことはある程度理解できます。各新聞社へニュースを配信している共同通信社、時事通信社は金元工作員との扱いであり、それをそのままブロック紙・地方紙が採用したと思われるからです。

さて、私の感じた違和感に近いものとは何であったのか。

それは端的にいって、ニュースの内容と元死刑囚という言葉が、どうみても結びつかないというか、お互い遊離しているように感じるのです。

今回の面会が実現して、これからの拉致事件解決の進展を期待しているなかで、唐突に元死刑囚という負のイメージの言葉を投げかけることが私には理解できないのです。

このことは、NHKをはじめとする大きなメディアの物事の本質に対する感性が欠如していることを示すもの、と私には思えてならないのです。

大きなメディアであるがゆえに、いろんなことを考慮するのでしょう。

その結果として、金元死刑囚という表現にならざるを得なかったのか。

そして、そのことは紛れも無い事実であるから。事実を報道するのはメディアの使命であるから。と、自らに言い聞かせているのか。

しかし、敢えて言わせていただくと、私たちは表面的な事実だけを知りたいわけではないのです。知りたいのは物事の本当のところなのです。

今回のような報道をしている大きなメディアに、私はちょっと失望しています。

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2009年3月11日 (水)

企業が求める自社製品購入の動き

不景気感が漂うなか、企業がその社員に対して自社製品購入を求める動きが出てきている。

その主だったものを挙げると、

パナソニックは課長職以上の管理職約1万人にたいして、7月までに10万円以上の自社製品購入の通達を出した。

トヨタは部長級約2,200人が3月末までに自社の新車を購入する取り組みを行っている。

さらに、NEC、富士通そして三洋電機なども自社製品購入を求める動きがある。

そんななか、これって自社製品購入を求めているのではないかと思わせるものがあった。

全日空が、そのグループ社員3万人を使ってのセールス作戦を行っているというものである。

その内容は、社員が知人や友人に全日空の利用を呼びかけるというもので、目標は5億円の売り上げ。一人当たりにすると約1万6千円になる。実施期間は昨年11月から3月までの5ヶ月間である。

これって、どうなんでしょうか。

全日空の利用を呼びかけることが大切であるとの判断ならいいのですが、目標金額の達成に重点が置かれたなら、ぜったい呼びかける煩わしさを避けて、自分で購入してしまうのでは、と思うのですが。

とにもかくにも、このような自社製品購入を求める動きは、売り上げ増もさることながら、会社が置かれている厳しい状況を理解し、危機意識を共有化することで何とか乗り切っていきたいとする、切実なものなのです。

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2009年3月 9日 (月)

増えない世界です

ふとしたことからの気づきがある。

私はコーヒー用のお湯が必要なとき、カップに飲む分の水を取り、それを沸かす。そうしたほうが、余分なお湯を沸かすこともなく、無駄がない。

スティックタイプのインスタントコーヒーをカップにいれ、お湯の沸くのを待つ。ほどなく沸いたお湯をカップに注ぎ込んでコーヒーの出来上がりとなるのだが、そのとき、オヤ?と思った。

カップのお湯の量、もっと正確に言うとコーヒーの液体の量が増えていないように見える。

というのは、スティックの内容量は12グラムで、それなりに体積もある。一般的に考えればコーヒーの量が増えてもおかしくはない。

そのとき、私は過去の理科の実験、たぶん小学校か中学校のころの実験で、水に塩を溶かして溶解度を調べる実験を思い出した。何グラムの塩が溶けるのかが関心事であったが、私は塩を溶かしているのに溶液の体積が増えていないと感じていた。そして、溶液とは、そういうものだと当時は理解した。

しかし、なぜ?

こういう疑問が浮かびあがると、もう止まらない。私はもう一度確認しようと実験の準備をした。

実験の準備といっても、たいしたことはないんです。料理の計量カップに水150CCをとり、そのなかに塩大さじ1杯(16グラム)を入れました。そして、箸で水をかき混ぜること3分、ようやく塩が溶けたことを確認、あるいは納得して、塩水の分量をチェックしました。

やはり、塩水の量は150CCであって、体積変化は認められませんでした。

その後、ネットでいろいろ調べ、体積変化がない理由を少し理解しました。

ようするに、分子の世界の話です。

水の分子は隙間が大きいのだそうです。そのため塩の主な成分である塩化ナトリウム分子がその隙間に入り込んでしまって、結果的には溶液の体積を増やすことにはならない、ということなんです。

ふーん、これって、スーパーでやってる詰め放題の特売を思い出させます。袋の隙間に商品を詰め込むってヤツ。

やっぱり化学って、おもしろい。

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2009年3月 7日 (土)

アクティブ・シェフを見たことがある

私の休日の朝食作りは忙しい。

というのは、同時にガスコンロの火を全部使うからだ。大きい火で目玉焼きを作り、小さい火でコーヒー用のお湯を沸かす。そして、グリルの火でパンを焼く。

なんと、三つの仕事を一気にやっているのだ。といってもほとんど見ているだけなんですけど。

しかし、見ているだけではなく、常に動いて同時進行でいくつもの料理を作っている人を見たことがある。

もうだいぶ前のこと、仕事で富山市に行ったときの夜、ちょっとシャレた感じの洋食レストラン&パブみたいな店に入った。

カウンターの前が調理場になっていて、シェフとおぼしき人が料理を作っていた。カウンターに座った私は、しばらくなんとはなしにその姿を見ていた。そして、気がついた。

シェフの動きが止まることがほとんど無いのだ。いくつかの料理を同時進行的に作っていて、アシスタントにときどき指示を出している。

私はその動きに見とれた。無駄とおぼしき動作はない。がっちりした体型のシェフはエネルギッシュでアクティブそのもの。そう、アクティブ・シェフなのだ。こういうシェフが作る料理はおいしい。

その証拠に、店は繁盛しているようだった。その日も、店はほぼ満席のようだった。だから、料理の注文も多い。そして、アクティブ・シェフが料理作りに奮戦するのだ。

今となっては、店の名前は忘れた。しかしアクティブ・シェフの動きと、それを見たときの感動は今でも頭のなかに残っていて、消えることはない。

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2009年3月 5日 (木)

第一類医薬品ってなに?

花粉の飛散がピークとなり、どうにも耐え切れなくなって近くのドラッグストアに目薬と鼻炎用のスプレーを買いに行った。

店内には花粉症対策のコーナーがあり、目薬と鼻炎スプレーも置いてありました。

でも、何種類もあり、選ぶのに困ってしまうのです。値段もほとんど同じですので。

ここで私は、ひとつひとつ手にとってパッケージの記述を読み始めました。なるほど、ほとんど書いてある内容は同じです。

と、よく見ると、ある商品に「第一類医薬品」の記述があります。ほかの商品は「第二類医薬品」なのに。

ところで、第一類医薬品ってなに?

なにかは分からないが、なんとなく第一類医薬品のほうが、ご利益というか効き目がありそうな気がして、買うことにした。

買った後、調べて分かったのですが、第一類医薬品はもちろん、ご利益とか効き目とは全然関係ないようで、使用に際して特にリスクの高い医薬品ということらしい。

リスクとは副作用により日常生活に支障を期す程度の健康被害のことを言っています。

そして、第二類医薬品とは比較的リスクの高い医薬品ということです。

知らないということは恐ろしいことです。

結果的に、わざわざ特に高いリスクの医薬品を私は選んだのです。

ところで、これら第一類医薬品、あるいは第二類医薬品の表示は、平成19年3月に厚生労働省から交付された「一般用医薬品の区分リスト」に基づくものであります。これによると第三類医薬品もあり、これは比較的リスクの低いものをさすようです。

さて、ここまできて思ったんですが、一般的によく言われる「ハイリスク、ハイリターン」という言葉が示すように、リスクの特に高い第一類医薬品の効き目は大きいのではないかと。ただ、リスクは高いみたいだけど。

う~ん、そう単純なことではないでしょう。

やっぱり、専門家である薬剤師に聞いたほうがいいみたい。だって、第一類医薬品の販売においては薬剤師の常駐及びその対面販売を義務づけていますから、店のどこか近くにいるはずです。たぶん。

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2009年3月 4日 (水)

自動車販売に関係する数値について

自動車販売の不振が続いています。

日本自動車販売協会連合会の発表では、2009年2月の乗用車の販売は前年同月比で32.4パーセント減少したという。

そして、ちょっと前にこんなことも発表された。新車平均保有年数が2008年度は8年を超えるだろうと。

この数値は新車を買った人が、買い替えもせずに何年乗っているのかを示すもののようです。

2007年度は7.1年だったそうで、一気に保有年数が増えるということです。

これだけ消費者が乗用車の購入を控えていれば、当然のことながら保有年数の数値は大きくなるでしょう。

さて、ここにもうひとつの数値資料があります。自動車検査登録情報協会が発表しているもので、自動車平均使用年数というもの。これは自動車が新車登録から抹消登録されるまでの年数を表しています。

これによると、2008年における乗用車の平均使用年数は11.67年とあります。

ということで、今の経済状況の悪化が今後とも継続するならば、さらに乗用車の買い控えは続き、極端な話、その平均保有年数は限りなく11年に近づくということが予想されるのではないでしょうか。

乗用車販売の前年同月比で32.4パーセント減少という数値は、そういうことを示していると私は理解しました。

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2009年3月 1日 (日)

琵琶湖を歩いて一周するということ

琵琶湖を知らずして滋賀を語ること無かれ。なんてことを言った人はおりません。

しかし、琵琶湖は滋賀の人にとっては精神的な支え、あるいは誇りなのです。だって、琵琶湖は日本で一番大きな湖であることだし。

そして、近江と言われているが、まさしく近い海ということで、これも琵琶湖のこと。さらに、湖国というような表現をすることもある。このように滋賀の人には琵琶湖はとても大切なものなのです。

その湖を私は歩いて一周したことがあるのです。滋賀に来た当初、もちろん、琵琶湖を知るために、さらに滋賀の地を知るために。というのではなくて、たんに大きな湖があったため、歩いて一周したくなったということだけなんですけど。私には少しそういう癖というか嗜好があるのです。湖を一周したくなるという。

富士五湖の一つである本栖湖、箱根の芦ノ湖、湖じゃないけど千葉の印旛沼などを一周しました。印旛沼にかんしては何回も周っています。

しかし、琵琶湖はいままでの湖とは規模がちがいます。一周するのに200キロ以上は歩かなければなりません。当然一日では無理です。私は全工程を7区間にわけ、一日に一区間を歩いたのです。よって一周するのに7日間を要しました。

最終区間を歩き通し、JR大津駅にたどり着いたときには安堵しました。やっと終わったということと、別の楽しみに取り掛かることができるということから。私には滋賀の山に登るという楽しみが待っていたのです。ほんとうに、あの当時はテンションが高かったです。あれから4年位しか経っていないのですけど。

いま、もう一度琵琶湖を歩いて一周したいかと聞かれたら、私はこう答える。

富士山を一度も登らないバカ、そして二度登るバカ。と言うけれど、琵琶湖を歩いて一周するバカ、そして歩いて、さらにもう一周するオオバカ、と。

でも、バカだけど、よかったぜ、滋賀の琵琶湖は。

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