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2009年2月28日 (土)

魅力ある日本のおみやげ

知らなかったけれど、日本に多くの観光客を呼ぼうと、官民一体でキャンペーンをやっているという。

名づけてVJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン)というそうな。キャンペーンは2010年に年間の訪日観光客数1000万人を目指して行われている。

さて、VJCではその活動の一環として、「魅力ある日本のおみやげコンテスト」を開催しており、このほど2009年の受賞商品が決まった。

受賞商品を見ていくなかで、目にとまったのは招き猫。

そう、このまえ私も買いました。実をいうと、私も日本のおみやげであるということを意識して買ったのです。帰国するタイ人にプレゼントしました。

なるほど、こうやってみると、私の日本のおみやげ感覚も悪くないな、なんて思ったりしたのです。

それでは、このコンテストにおける過去の受賞商品のなかに招き猫はあるのかということなんですが、ありました。2007年、2008年と毎年のように招き猫は入っているのです。

やっぱりね。招き猫って、かわいいし、じつに日本的だと思うのです。

でも、私には、もう一つのこだわりがありました。

招き猫のお腹に漢字が書かれていること。このことは絶対はずせない、と思っていました。

そしたら、ありました。お腹に「招福 大開運」と書かれていました。

もうカンペキ。猫もかわいいし。ということで即決で買いました。

私にとっての魅力ある日本のおみやげの話でした。

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2009年2月26日 (木)

ラジオ体操をやる意味とは

ちょっと前の話ですが、NHKテレビで体操の番組を見ていたら、体操の講師が興味深いことを言った。

講師曰く「ラジオ体操をやるのは、いざというときにその動きができるようにするためである。」。

私は誤解していた。体操をやるのは筋肉のトレーニングのためと思っていた。もちろん、その目的もあるが、それは二次的なものであるということなのです。

たとえば転倒しそうになったとする。そのときの体勢立て直しのためには、通常ではやらない手足の動きをしなければならないだろう。あのラジオ体操のなかには、そういった動きが多く含まれているのだという。

しかし、そういった動きは訓練なくして出来ないのだ。

というのは、動作は脳がコントロールしているのであって、脳のなかに織り込まれていなければ、その動作はできない。

また、脳への織り込みも、そうは簡単にはいかないのだろう。ですから、何回もやる必要があるのです。

このことは全てのスポーツにあてはまることで、武道なんか特にそれが言えるのでは。空手の型の練習はまさにそれで、あれこそ脳への織り込み訓練の典型ではないでしょうか。

と、ここにおいて、十分にラジオ体操をやる意味を理解したはずですが、なかなか体操をやろうという気にならないのは、なぜ?

小さいころから無理やりにやらされたという、被害者意識にとらわれているのか。その当時、この話を聞いていれば、もっと違ったかもしれないのに。

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2009年2月24日 (火)

やはりヴォーリズでした

私が豊郷町立豊郷小学校の校舎の記事を書いたのは2年以上も前のことでした。今は旧校舎と言ったほうがいいでしょう。

1937年に建てられたこの小学校は、当時としてはめずらしいコンクリート造りで、東洋一の小学校と呼ばれたそうです。

その校舎も老朽化がすすみ、さらに耐震性の問題もあり、解体しようとする町長と、それを阻止しようとする住民の間でもめました。

そして結論としてはこうなりました。

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改修工事が進んでいます。

Dcf_0190

この工事看板のなかで、設計・監理が一粒社ヴォーリズ建築設計事務所となっています。じつはこの校舎を最初に設計したのはヴォーリズ建築設計事務所というところでした。名前こそちょっと変わりましたが、同じ設計事務所なのです。

やはりヴォーリズですか。

アメリカ人ヴォーリズの名前はここ滋賀においては絶大で、尊敬の念をもってその名を口にし、かつ接しているのです。

ここでは、ヴォーリズのことを説明することは控えますが、あのメンソレータムを日本で最初に販売したのもヴォーリズであったということだけ言っておきます。

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2009年2月22日 (日)

かわいい招き猫で福が来る

久しぶりに彦根市に行ってみた。ひこにゃんは相変わらず元気なようだ。

きょうの用向きは、夢京橋キャッスルロードにある招福本舗でプレゼント用に招き猫を買うこと。

いろんな招き猫が陳列されているが、ざっと見回して、すぐに適当なものを探しあてた。

私はこういうときには決断がはやい。しかし自分用に買うときは何故かしら決断が遅い。

プレゼント用に包装してもらったので残念ながら写真はありません。ですから、ちょっと説明させていただきますと、白色の猫で右手を上げています。そして上げた右手にも小さな招き猫がのっています。さらに頭の上にも小さな猫がいて、なんと左肩にも猫が。

すごい、招き猫のオンパレード。しかも、かわいい。

じつに私好みで、自分でいうのもなんですが、プレゼントを選ぶセンスのよさが出ています。(ホンマカイナ)

それはともかく、招き猫で福が来ますように。

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2009年2月21日 (土)

忍者のことでいっぱい

正直言って司馬遼太郎の小説は面白すぎる。

私はことさら文化勲章を受章したこの作家の小説を避けてきた。しかし、ちょっとした思いつき、あるいはインスピレーションで「空海の風景」を手に取り、そして読んだ。

風変わりだが、天才空海の息吹が感じられる興味深い印象的な作品だった。

じつは司馬遼太郎を読むんなら、忍者小説である「梟の城」だと思っていた。これは私の勘です。

「空海の風景」が面白かったことで、「梟の城」にたいする私の期待は肥大した。そして作品を読んだ。それは私の期待を裏切らなかった。繰り返すようだが、あまりに面白すぎる。

半分くらい読んであった残りを、早朝から読み始めて、途中雑用などをしながら、正午頃までかけて読み終わった。

それからの私はずうっと思っている、忍者のことを。もっと正確にいうと、忍者の生きざまのようなことを。そして、世間との交渉を断ち、峠の庵室で生活を送る伊賀忍者の重蔵と、その妻になった甲賀忍者の小萩のことを。

忍者小説「梟の城」は私にとって、脳j細胞への刺激も強すぎる。

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2009年2月19日 (木)

NHK「きょうの料理」の2人分

NHK教育テレビの長寿番組である「きょうの料理」。

私はこの番組をよく見る。なぜ見るかと聞かれたら、おいしい料理を作る情報を得たいからと答えたい。

しかし、実際はそんなことはなくて、この番組が、ただただストレスの少ないものであるからなのです。

料理下手の私は、料理の先生の包丁さばきを見て、感心するのみです。ほかの番組だったらこうはいかない。内容の無さに憤り、ストレスもたまります。

その私がお気に入りの「きょうの料理」の内容が変わるという。

今までは作る料理の材料の目安が4人分であったが、この3月30日の放送分から2人分になるという。

少子化あるいは核家族化が進み、一世帯の平均は2.6人であるそうな。

ですから4人分の料理では多すぎるのです。アンケートの結果からも2人分の料理を希望する人が多いため、今回の変更となったようです。

いままで、NHKが固執していた4人分の料理というのは、一家だんらんのイメージだったのです。

両親がいて、ふたりの子供とともに食卓を囲む。そういうイメージ。

そして、それは私が慣れ親しんだものだったのです。

しかし、時代は変わりました。残念ながら。

この私だって、1人で食事することが多くなりました。

まさか1人分の料理の放送なんてないですよね。それじゃ、あまりに寂しすぎますもんね。

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2009年2月17日 (火)

緑の党ですか

東近江市の市長選挙が行われ、その結果が15日に出た。

その前日、朝の7時を少し過ぎたころ、近江鉄道八日市駅に向かって歩いていた。八日市駅手前の比較的大きな交差点にたどり着こうとしたとき、交差点の四方に多くの人が立っていることに気がついた。

手に手に緑あるいは黄色のノボリを持っている。そして、行きかう車にお辞儀をしている。

その交差点に近づくのが、ちょっと嫌な感じがした。

交差点で信号待ちのために立ち止まった。

このとき、私の心に、ある種の嫌味な心持が浮かび上がった。

そして、隣にいた緑のノボリを持った男性に聞いた。

「これは何なのですか?」

男性が答えた。「こういう関係のものです。」

なんのこっちゃ、と思ったが、私はさらに続けた。

「ほう、緑の党ですか?」

これに対する返答はなかった。

信号が変わり、私は横断歩道を渡たるためにその場を離れた。

ところで、こういった集団活動に対して、私が嫌悪感に近いものを感じるという性格はどうしょうもなく、生得的なものです。

でも、大人げないといったら、大人げないのですけれど。

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2009年2月14日 (土)

写真写りがよい、あるいは悪い

写真写りがよい、あるいは悪いなんてことをよく言う。

私は写真写りが悪くてダメなのよ。もう少し写真写りがよかったらいいのに。なんてことを聞いたりしたことはないだろうか。

ネット上を見回したところ、多くの人は自分のことを写真写りが悪いと言っている。

ところで、私が見たり、聞いたりした写真写りに関することです。

今年の成田山新勝寺での節分の豆まきに天地人の出演者が参加したが、その中で常盤貴子の美しさが際立っていた。という話を豆まきに行った人から聞いた。

その人がいうのには、ドラマあるいは写真より、よっぽどキレイ、ということでした。

なるほど、常盤貴子は写真写りが悪いということでしょうか。

最近読んだ司馬遼太郎の小説「空海の風景」のなかに、プロの写真家の話としての記述があった。それによると、空海の有名な文筆である「風信帖」、これは空海が最澄に宛てた手紙ですが、これが写真写りがよいということなんです。

なるほど、風信帖は写真写りがよいのですか。

私は写真写りに関しては、技術上の問題であると思っていました。

でも、そうとばかりは言えないみたい。

よい、あるいは悪いというのは何かにたいしての比較の問題だとすると、それはなんでしょうか?

イメージ?例えば、きれいな自分の、あるいは生き生きとした自分のイメージみたいなもの?

もしそうだとしたら、イメージみたいなものは連続的でふわふわしたものだから、写真のような時間を切り取ったようなもので表現できるわけがないのでは。まれに天才的な写真家がいて、それができているのかもしれないけれど。

ですから、多くの人が自分は写真写りが悪いというのも分かるよう気がします。だれしも自分のイメージって、かなりよいものとして捉えているのではないでしょうか。写真とのギャップが生じるのは無理もありません。

さて、気になるのは空海の風信帖が写真写りがよいという話です。

でも、私はこのことについて推論するのはやめにしておきます。空海の書いた、芸術作品といえるものにたいして、とやかくいうのは野暮というもの。

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2009年2月11日 (水)

ガス料金をチェックしよう

冬のこの季節、たいがいの家庭はガス料金が大幅にアップする。

この私においても、それを逃れることはできない。

たしかに、寒いから夏には絶対といって飲まないコーヒーなんかを飲んじゃったりしている。

お風呂だって、夏はシャワーだけなのに、湯船にお湯を入れて温まっちゃったりしている。

だから、ガスの使用量が増えて、ガス料金がアップするのは当然といえるが、具体的な金額を把握しないと今一歩しっくりとこないのです。

ということで、またまた例によって、ネットでガスに関するいろんな記事を読みあさり、ちょっぴり理解いたしました。

ところで、私のところはLPガスですので、これに限定されますが。

さて、月々のガス料金はガス会社からの請求書を見れば分かるのですが、私の興味は個々のガス代が分かるかということなのです。たとえばコーヒー一杯分のお湯を沸かすためのガス代です。

それが分かるのです。ガスメーターの数値を読めばいいのです。お湯を沸かす前のメーター値と沸かした後のメーター値の差で使用したガス量が分かります。そしてそのガス量に単位量当りのガス料金をかければ、ガス代が分かるのです。

思いついたらすぐ実行です。およそ200ccの水を沸かすのに使ったLPガスは、なんとたったの3リットルでした。

LPガスの小売価格はだいたい10㎥で7,000円くらいでしょうか。これは基本料金を含む価格です。ですから1㎥で700円です。

よって、コーヒー一杯分のお湯を沸かすガス代=700×0.003=2.1円 

そうです、およそ2円でコーヒー用のお湯が沸くのです。これくらいなら、冬場のガス料金大幅アップの要因とはならない。やっぱりお風呂が問題なのか。

もう、こうなったら止まりません。お風呂のガス代もチェックしなくては。まだ外は明るいけれど、お風呂に入るしかないでしょう。というわけで入りましたお風呂に。

その結果、お風呂に入るために使ったガスは171リットルで、計算によりお風呂のガス代は120円であることが分かりました。

この結果については、付け加えておかねばならないことがあります。ガス器具にはガス消費量なるものが表示されていて、私のところの給湯器のガス消費量は34.9kwです。この数値の意味するところは、こまかい説明は省きますが、1時間で1.255㎥のLPガスが使用されることを意味します。

よって、給湯器の1時間の連続使用によるガス代はおよそ880円となります。なんという高額なことでしょう。

私の場合は、計算によると8分10秒の給湯器の使用で、ガス代が120円ということなのです。

うーん、やっぱりこれでしょう。冬場のガス料金アップの要因は。

とすると、5分位の給湯器の使用に抑える必要があるのか。でも、そうすると、お湯が湯船にたまらなくて、困るんですけど。

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2009年2月10日 (火)

花粉飛散の季節が来ました

とうとう今年もやって来ました、花粉飛散の季節が。

これから5月の連休前までの長い期間、じっと耐えるのです。花粉飛散量が多いと思われる日は、できるだけ外出を避ける。あるいは洗濯物は外に干さない、などいろいろと気を使うのです。

花粉症ってやつは、ほんとうに嫌なやつです。

いま花粉症でない人も、安心はできません。いつの日か、花粉症になる可能性は大きいのです。この私もそうでした。花粉症の人を見て、なんと大変そうなことでしょう、なんてのん気なことを考えていたら、自分も花粉症になりました。

なぜ、花粉症になったのか。

いま考えてみますと、一時的に多くの花粉を吸いすぎたのでは。

というのは、山によく行っていた時があったのです。もちろん、その時は花粉症ではありませんでした。無謀にも花粉うずまく山に入り、大量の花粉を吸った。そして、それが引き金となって花粉症になった。というふうに考えられなくもないのでは。

さて、今年の花粉です。

ここ近畿地方は昨年より花粉の飛散量が多いと予想されています。

困ります、そんな予想は。花粉量が少ないとされた昨年でも、私は花粉症に苦しんだのですから。

予想といえば、ヤフーの花粉飛散量の情報がまだ発信していないのですが。

去年は毎日これをチェックしていたのに、今年は発信しないのだろうか。

たしかに、花粉飛散量を予測するのは難しいと思うけど、なんとかやっていただきたい。

それが花粉症に悩む、この私の願いです。

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2009年2月 8日 (日)

愛の裏側のジェラシー

つくづく井上陽水が凄いのは、その歌唱もさることながら、その詞にあると思っています。

1981年に作詞、作曲した「ジェラシー」においてもその凄さが出ています。

♪ジェラシー 愛の言葉は、愛の裏側 ジェラシー♪

最初のこのフレーズがこの歌のメインテーマで、甘美な愛の言葉は、じつは現実的な欲望に左右され、それが満たされないために生じるジェラシーから発せられている。と陽水は詠んだ。

ですから、つぎのようなフレーズにつながるのです。

♪夕焼けの空のどこかで、忘れた愛が忍び込む 流れるのは、涙ではなく汗♪

忘れていた愛が忍び込んでも、流れるのは感傷的な涙ではなく、より現実的な汗である。思うに、この汗は冷や汗に近いのでは。

♪君によせる愛はジェラシー 春風吹き、秋風が吹き、さみしいと言いながら♪

さらに陽水は迫る。さみしいと言ったって、それはジェラシーからきているんだ、と。

ところで、ここの「春風吹き、秋風が吹き」はいい。詩的で。

まあ、こういう調子で「ジェラシー」は続くのですが、私は井上陽水の言っていることを全面的に肯定するわけではありません。

愛、あるいは愛の言葉には「ジェラシー」で言っているような一面もあるのでは、ということに留めておきます。

それにしても、井上陽水の詞の世界に浸ってあれこれと想像することは、なんと楽しいことでしょう。

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2009年2月 6日 (金)

ワークシェアリングの我慢のしどころ

東芝が半導体工場などの正社員を対象に、労働時間を減らして雇用を維持する「ワークシェアリング」を実施すると発表した。

なるほど、これもワークシェアリングですか。労働時間を減らさなければ、余剰人員を削減しなくてはならない。これを回避できるのだから、ワークシェアだということなのでしょう。

ところで、当然のことながら労働時間の削減は給与の減少につながります。

これは社員とっては大きなな痛手です。たとえ今の状況は理解できても。

私が思ったのは、社員がどの位の給与ダウンまで我慢できるのか、ということです。

東芝は80パーセントの給与は保障するといっているらしいのです。20パーセントのダウンです。

ほかの企業の数字をチェックしようとしたのですが、なかなか見つけることが出来ません。

そのなかで、朝日ラバーという自動車部品会社のワークシェアリングの記事を見つけました。ここのワークシェアリングは明確で、一日の所定労働時間を7.5時間から5時間にして、給与も30パーセント減らすというものです。

ということで大ざっぱに言って、20~30パーセントの給与ダウンが我慢の限界と、企業側が読んだかのように推測されます。じっさいのところ、社員としても我慢の限界は、そこら辺の数字なのでしょうか。

しかし、社員は生活水準の低下を余儀なくされるわけで、企業としては、それを無視することができず、従来ならば禁止されていたアルバイト等の副業などを認める動きとなっているのです。

ところで、給与ダウンが30パーセントを超え、40パーセントあるいは50パーセントとなった場合はどうでしょうか。

この場合は、おそらく社員においては我慢の限界を超えた数値として認識され、社員と企業の関係は非常に厳しいものになるのでしょう。

いずれにしても、ワークシェアリングの限界は明白であり、それに代わる何かを創出しなければならないことは確かなようです。

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2009年2月 4日 (水)

T.K.G.なんて呼ばないで

たまごかけご飯がブームなんて言われているみたいだけど、本当でしょうか。

それに、たまごかけご飯のことを「T.K.G.」なんて呼んでる人がいて、なんかオカシイ。

そんな格好つけて食べるもんじゃないと思うのだけれど。

それに、たまごかけご飯の専門店ができたという。

私のたまごかけご飯のイメージは、簡単にご飯を済ませたい。そしてこれといっておかずがない。それじゃ、いまあるたまごで食べようか、そんなものなんです。

それは、そとの専門店で食べるものではなく、ひっそりと自分の家で食べる。

そして、それが好きだという、いわばマイブームがあってもいい。

しかし、世間一般においてブームなんてことはちょっと考えられない。

そんな、はなやかな食べ物ではないのです。

秘めごとのような食べ物であるし、これからもそうあってほしい。

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2009年2月 2日 (月)

太郎坊宮の福餅・福豆まき

東近江市にある太郎坊宮で、節分の福餅・福豆まきが2月1日の正午に行なわれた。

普通なら2月3日なのだが、その日は火曜日なので、やっぱり日曜日のほうがいいんじゃないの、ということで2月1日になったのか。

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神社の豆まきなんて初めて参加したが、なぜかしら掛け声がない。普通なら「鬼は外、福は内」なんて言うのだろうけど。

まあ、細かいことは抜きにして、福餅や福豆を拾いましょう。

ということで、私の成果はこれです。

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福餅が三つと、福餅のなかに入っていた50円玉ひとつ。

ダメですねー、こんなもんじゃ。

レジ袋を用意して、その中にたくさんの福豆と福餅を入れていたおばさんがいました。

根性入っていますねー。

こういう行事って、参加することが楽しい。まあ、たくさん取れるに越したことはないですが。

今回、50円玉をゲットしたことは、かなりの幸運でした。今年は何かいいことあるかも。ナンテネ。

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2009年2月 1日 (日)

ブルーなお話

街路灯を青色にするというのが防犯のうえで効果があるということになってきているらしい。

ここ東近江市でも、さいきん青色蛍光灯を使った街路灯が目につくようになった。

青色蛍光灯というか、青色の光は遠くまで見通すことができるようになるので、防犯効果があるということだ。

さらに犯罪に対しての心理的な抑止効果が青色にあるということだが、これに関しては確証はないようだ。

ところで、青色の心理的な効果を狙ったものが他にもあるのだ。

それは陸上競技場の走路を青くしたブルートラック。

この存在を知ったのは12~13年くらい前のこと。新聞に石川県の学校法人がブルートラックを作ったという記事が載っていた。

いままでの常識ではトラックの色は朱色あるいは弁柄色であった。それが突然、ブルーとはどういうこと、と思ったが、青色は気持ちのコントロールを容易にし、競技への集中力が増すということが記事に書いてあったような。

私は石川県出張の折り、時間を作って、このブルートラックを見せてもらおうと、この学校法人にでかけた。

学校法人稲置学園といって、大リーグで活躍する松井秀喜の出身校である星稜高校も設置校のひとつである。 

稲置学園総合運動場という競技施設のなかにブルートラックはあった。

ちょうど高校の体育授業だったようだ。私は体育教員と思われる人に近づき、ブルートラックを見せて頂きたいと申し出た。すると、すんなりと許可された。

私は競技施設のなかに入り、ブルートラックを間近で見た。出来たばかりのブルートラックの色彩は鮮やかであった。

こんなすばらしいトラックで走ることができる、この学園の生徒を羨ましく思った。

そして、このトラックの製作費用を少し想像した。

ブルーに色づけするには、ブルーの顔料を使用するのだが、弁柄色に色づけする顔料と比較して格段に高いのだ。よってブルートラックの製作費用も高いものとなる。

でも、高くてもいい。ブルーの心理的効果で集中力が増し、記録向上につながれば。

さらにいえば、記録向上につながらなくてもいい。あんなにすばらしいトラックで走ることが出来さえすれば。

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