食べることは、生きることだ、と、その人生において、多くの経験を積み重ねてきたであろうベテランの料理研究家がテレビで言っていた。
私は、一見シンプルだけれども、そこには深い意味があるに違いないと、勝手にこちらが推測して、考え込ませられてしまう、こういった言葉が好きだ。
じっさいの話、近ごろの私は、もちろん食べているには食べているが、なにを食べるかということについては、以前ほどの熱意はなくなってきていた。
これではいけない。私は料理研究家の言葉を強く意識した。
もう一年くらい前のこと、私は妄想といえるほどの、ある食べ物についてのアイデアを持っていた。
そのアイデアとは、惣菜屋さんの揚げたてのメンチカツをすぐさまビールとともに食べるということなのです。
しかし、惣菜屋さんの揚げたてのメンチカツを、受け取ったその場で、ビールとともに食べるなんてことができるのでしょうか。
そして、その実行は無理であると思った私は、メンチカツのアイデアを心の奥にしまい込んだのでした。
ところが、料理研究家のあの言葉とともに、そのアイデアはいみじくも復活しました。そして、必ず実行するという決意とともに。
実行の当日、まずビールの準備です。保冷バッグのなかに保冷剤を入れます。このなかにビールを入れればいいのですが、ビールがない。近くの酒屋の自動販売機で缶ビール2本を調達しました。これでだいじょうぶ。
さて、教えてもらった惣菜屋さんに出向きます。ところが、惣菜屋さんではなく、近江牛の看板が掛かっている肉屋さんです。近江牛といったら、あの高級肉で有名な近江牛です。
このような肉屋さんに、メンチカツなんて売っていないんじゃないかと、思ったが、店のなかを覗くと、ケースのなかにそれらしいものを見つけた。
店のなかに入って、ケースのなかにメンチカツがあるのを確認した。しかし、メンチカツはまだ揚げていなかった。
「揚げたメンチカツはないですか?」、と聞いた。
「これから揚げます。」、とオカミサンらしき人が答えた。
これから揚げるということは、なんと、ほんとうに揚げたてのメンチカツを食べることができるということじゃないの、と私の期待は膨らんだ。
1個120円のメンチカツを2個たのんだ。240円という金額の少なさに、ちょっと恐縮した。
となりのケースを覗くと、100グラムで1570円の近江牛のサーロインステーキが売っていた。いつかは食べてみたいものだと思ったが、いまはメンチカツだと、気持ちを引き締めた。
ほどなくして、メンチカツが揚がり、それを受け取った私は、「おおきに」という言葉を背に受け、店を出た。そして、なぜかしら、近江牛を買うときは、この店で買うことにしよう、と思った。
さて、揚げたてのメンチカツをすぐさまビールとともに食べるということなんです。さすがに肉屋さんの前で食べることはできません。近くに公園があったので、そこに行きました。
ベンチに腰掛け、保冷バッグからビールを取り出しました。そして、揚げたてのメンチカツを紙袋からひとつ手に取り、ひとくち、ガブリ。
コロモはサクサク、なかはアツアツ。ビールはヒエヒエ。
11月に入ったとはいえ、すこし暑さを感じる日差しのなか、公園のベンチに腰掛けて食べる揚げたてのメンチカツと冷えたビール。日常の生活において、これ以上の歓びを求めてはいけない。
「食べることは、生きることだ」、という言葉とともに、「食べることは、歓びだ」、という言葉が私の脳裏をかすめた。